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コート・イン・ジ・アクト3 少数報告

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08



「厚木市内ってことは、クルマだな」

班長が装備をひっつかんで言った。身に着けるのがどれになるかはまだわからない。ヘルメットに防弾ベストのフル装備から、隠密作戦の私服まで、靴や上着を替えるだけで済むように普段のおれ達は軽装だ。おれはいつものMA-1にコンバースと野球帽。

事は強姦。姦ってるとこを押さえるのなら突入服。囮作戦などに出るなら私服。そんなの、途中で着替えればいい。おれ達は階段を駆け下りた。

車両置場に出て行くと、婦警がひとり、キョロキョロしながらこちらに歩いてくるのが見えた。手に紙切れを持ってるが、署の見取り図か何からしい。

場所はここでいいのかな、という顔をしてそいつと周囲を見比べてたのが、おれ達を見てピタリと止まった。

「あれ? えーと」

零子が言った。けど咄嗟に、名前を忘れてしまったようだ。それはおれも同じだった。班長と佐久間さんもそうらしい。

彼女の方でこちらに走ってやってきた。

「あの、殺急隊ですか? あたし、特捜の前田です」

「そう、前田だ!」

四人で言った。彼女はビックリした顔で目をパチパチさせた。そこにいるのは昼に顔を合わせたきりの前田奈緒巡査だった。

「君が同行するのか?」

班長が言った。強姦のように難しい出動では、殺人予知特捜官が同行するのは通常の手順ではある。

しかし、

「大丈夫なの? 強姦のバックアップなんて、新人がいきなりやる仕事じゃないんじゃない?」

と佐久間さん。なんかおれ達で輪姦やるのをこの子が後ろで見張りでもするみたいに聞こえるが、ともかく、おれも同感だった。前田奈緒は期待の新星なのかもしれない。だが、こいつは無茶じゃねえのか。

「はい。でも感知したのがあたしだけだそうなんです」

「え?」

と言った。そこにクルマ――大型のバンが電気モーターを唸らせて出てきた。

見かけは普通の一般車両だ。《POLICE》印の白黒じゃない。これはどうやら隠密作戦ということらしい。

「話は後だな。とにかく出よう」

班長が言った。おれ達はバンに乗り込む。

「オーケー、出動だ、行くぞ!」

「おう!」

全員で叫んだ。前田奈緒はちょっとビクッとしてから、

「お、おう!」

おれ達を乗せてクルマが道に出る。全員の視線が奈緒に集まった。おれ達としてもこれは普段と勝手の違う状況だ。

「えーと」班長が言ってから、「大丈夫?」

「はい。大丈夫です」

「わかった。君はこうした状況の訓練は受けているのだろうが、それでも実地は初めてだろう。決して無理はしないように」

「はい」

「では、君が〈視〉たものを説明してくれ」

「あの、それが……」と言った。「実はよくわからないんです」

「ハン?」

「マルキュウが寝ているところで気がついたら、いつの間にか襲われていた感じなんです。それでそのまま、何もわからないうち殺されてしまうような……」

「ああ」と班長。「それじゃ、わからないだろうな」

「すみません。あたし、あまり役に立たないかも……」

頭を下げた。いや、頭を下げられてもな。

おれは言った。「いーんじゃねーか? 初仕事にはちょうどいいだろ。今日はただ見ていなよ」

班長と佐久間さんと零子がおれを見る。

「なんすか」

「まあいい。ミャーモにも一理ありだ。だが本当に何もわからないんじゃないんだろ」

「はい。マルキュウの名前はセリザワミサト。ゲンジョウは――」地図の一点を指して、「だいたいこの辺り。マンションかアパートにひとり暮らしでいたようで、彼女は自室で殺されます」

場所が何町何番地と出ないのは予知ではそんなのわからないからで、感じたときの距離や方角から見当をつける。そこから位置を割り出すのは制服組の仕事だ。

ドライバーが運転しながら、

「〈ロイヤルハイツ〉ってとこの二階でした。10分で着きます」

「了解」と班長。「マルタイがどんなやつかまったくわからないのか? 殺害方法は?」

「わかりません。金縛りにでもあったみたいだったんです。上からのしかかられて、ただ苦しくて……」

「金縛り?」

「ええ。よくありますよね。ちょうどあんな感じ」

「わかるけど……」と言った。「で、そのまま死んじゃうってのか」

「まさか、悪霊に殺されんじゃねえだろうな」

おれが言うと、

「だから、お前は黙ってろ」班長にどつかれた。しかし、「金縛りねえ」

零子が言う。「さっき、予知したのがあなただけって言わなかった?」

「あ、はい。あたしだけです」

「って、特捜ではあなただけってこと? 民間や東京の能力者は?」

「別に連絡ないそうです」

「ふうん」と言った。「あまり聞かない話ね」

殺人予知の感知範囲は半径約30キロ。これはどの能力者もほぼ同じで個人差は少ないと言うが、死ぬ人間の魂の叫びが元々その辺りまでしか届かないからとされている。どんなに耳が良くっても肝心の声が小さくてはキャッチできないのと同じ理屈だ。

そして、円内の全員が全員、事件があるなら必ず感じるというものでもない。歩いていれば小さな地震に人は気づかないように、体調などの条件で感知能力は変化する。

酒飲んでたりゲームに夢中になってたりするとほとんど感じなくなるそうだが、だからと言って能力者に『それをやるな』とも言えない。何しろ強いストレスを受ける役目なだけに、発散するものが必要なのだ。

ひとりひとりの能力にもいくらか性質の違いがあって、たとえば中には男が死ぬのは感じるけれど女のときにはあまり力が働かない、なんてのまでいるという。無論、範囲内にいても遠くなるほど感じる力は弱まるわけで、神奈川に予知者が一度に十人起きていても、ひとつの事件を感じ取るのはまあ二、三人というところだそうだ。

だからもちろん、感知するのがひとりだけってのも別に珍しいことじゃない。しかし、事は強姦だ。死の状況が恐ろしいほど、被害者が絶命の際に上げる魂の叫びは大きくなる――だからこそ、殺人や事故死は感知されるが病死や自殺はされにくいのだ。強姦殺人で予知したのがひとりだけと言うのは、おれもあまり聞いた覚えがなかった。

「あの」と前田奈緒が言う。「やっぱり、こんなの珍しいですか」

零子が言う。「まあ、珍しいと言えば」

「じゃあ、やっぱり、誤感応かも……」

なんだか弱気な調子で言った。初日の最初の予知がこれでは不安にもなるだろう。

だが佐久間さんが、

「ちょっと待って。『やっぱり』とか言っちゃダメよ。それはあなたが決めることじゃないんだから」

「あ、はい」

「これが間違いだとしても、あたし達は構わないの。次に何か感じたとき、『誤感応かもしれないから報告しないでおこう』なんて考え持たれたらその方がずっと困るんだから。そんなの廃止論者の考え方と同じでしょ?」

「はい。もちろんです」

おれは班長を見た。新人の女の世話は女にさせておこうという顔で横を向いている。調子が狂う要素がこれだけ多いのは、現場指揮官の立場ではイヤな気分のものだろう。