コート・イン・ジ・アクト3 少数報告
おれは言った。
「ドラマだと、ここで主役が言うとこですね。『班長ッ、これは誤感応のおそれがあります。自分には殺人が起きると思えません!』」
すると零子も声色作って、
「『バカ野郎ッ、やはり殺しが起きてしまったらどうするんだ!』『いいえ班長ッ、システムは絶対ではありません! これは冤罪も考えられます!』」
班長はニヤニヤしただけだった。おれと零子は手を叩き合った。おれが差し出した手のひらを零子が上からパシンとはたき、おれがそれにお返しして、それからふたりで手を挙げて互いの間でパンとやる。誰でもやったことあるだろ、あれだ。
おれ達は、間違っても、くだらんテレビドラマのような考え方をすることはない。誤感応の可能性? 知ったことか。いつものことだ。それがないときなんてない。
おれ達は常に最悪を想定する。人の命が懸かってるのに、希望的観測をアテにする――そんな間抜けがもしもいたならこのクルマから放り出す。殺急隊にいてはならない。マルキュウの命に、仲間の命。指揮官ならば部下の命。そしてもちろん自分の命。
もしおれ達がしくじれば、マルタイを逃がして死ななくてもいいはずの人の命がなくなるだろう。これから先の数時間、ゲンジョウで何が起こるのかもうわかりはしないのだ。
感知する者が何人かは関係ない。人が死ぬおそれがあるならおれ達は行く。殺急は救命部隊であり、これは救命出動なのだ。
「とにかく、今の時点ではマルキュウは無事とみていいのか?」
と班長が奈緒に言った。奈緒は、
「はい。おそらくまだ起きていると思います」
「わかった。隠密作戦になるな。みんな、準備してくれ」
「了解」とおれ達。
「それから君も」と奈緒に向かって、「おれの指揮下に入ってもらう。その制服じゃまずい。上着を脱いで、代わりに何か――」
「用意してあります」
「オーケー。みんな、最高の仕事を期待する」
「おうっ!」
「気を抜くな!」
「おおうっ!」
叫んだ。今度は奈緒も一緒に言った――やはり表情は不安げだったが。
おれはバッグから装備を出した。隠密作戦用の最小限度だ。手錠に伸縮警棒に、超小型の通信機。
それにグロックを取り出して、薬室に初弾があるのを確認する。それから弾倉を引き抜いてみた。〈グロック36〉は小さな銃把に四十五口径弾を収めるためにマガジンにはタマが六発しか入らない。だが予備を持つことはない。殺急隊の出動にはそれだけあれば充分てことになっている。
ホルスターに収めた。
それから皆で手分けして、囮作戦用の装備を点検する。通信機のチェックに、隠しカメラや痴漢撃退グッズなど。
カメラが撮る映像は、前田奈緒がモニターで見れるようにしなきゃならない。だからその確認をする――まあ、今回は役に立たないかもしれないが。
それでも奈緒がいま手にして起動させたPCには、県内の変質者情報などが収められているはずだ。その検索など含めて、バックアップ要員のやるべき仕事はいくらでもある。奈緒は真剣な表情で、膝に乗せたノートをカチャカチャやりだした。
おれはチラリと考えた。そのパソコンになりたい。じゃなくて、昼間、相原美咲博士の言っていたことだ。
三歳で母親の死を目撃し、そのショックで口が利けなくなった少女。その当時、能力者はまだ少なかった。その瞬間を予知したのは、その子ひとりしかいなかった。
そのときに何もできなかった女の子が、今はこうして警察官か。なんだか超能力なんかより、不思議なものを見てる気がした。バカ娘ならその辺に別にいくらでもいそうなもんだが、やっぱ食い物が違うんだろうか。
やはりノートPCの野郎が、うまいことやってやがる感じだった。なんにしても、この子には今後よくやってほしいものだ。パソコンもそう思っているだろう。そりゃ絶対張り切っちゃうよな。
しかし、同時におれは思わずいられなかった。金縛りか――まさか、ほんとに強姦魔は悪霊なんていう話じゃないだろうな、と。
作品名:コート・イン・ジ・アクト3 少数報告 作家名:島田信之