コート・イン・ジ・アクト3 少数報告
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予知システム――殺人及び事故死未然阻止法は実施に際して警察に厳しい制約を課した。未来予知によるまだ殺人を犯していない被疑者の拘束は犯罪の事実を確認したうえでの現行犯逮捕でなければならない。警察がこれに違反する時は、検察により被疑者は釈放されることになる。国際的にこれは徹底するしかなかった。
この足枷で警察が特に苦しむことになったのが強姦殺人だ。最初から殺すつもりで女を襲うケースこそ今は少なくなったものの、姦(や)ってるうちに殺(や)っちまう強姦致死というやつが予知があっても減るわけがない。
それをゲンタイでやれというのはつまり、マルタイが女を襲うところを待って捕まえろということだ。それで暴行や強姦罪で起訴して有罪にすることができる――もちろんそうだが、しかしそんなわけにいくか?
これが放火殺人とかなら、火をつけるのを待ち伏せて捕らえ、すぐ消し止めりゃいいことだ。押し込み強盗殺人ならば家に入ったところで御用。
追い剥ぎ強盗殺人ならばナイフでも持ってるだけで充分逮捕の理由になる。後はデカさんに任せておけば、その野郎が予知では殺すはずだった相手をパチンコの交換所から尾(つ)けていた、なんて事実を突き止めてくれる。
そうなればもう鉄板で、弁護士が何を言おうが無駄無駄無駄。容疑はあくまで刀剣の強盗目的での所持だ。裁判員もよっぽど頭が悪くなければ、
「それで刑期っていくらになるのよ。二ヶ月? だったらブチ込んじまえ。こっちは仕事休んだ分までこれから戻って働かなけりゃいけねえんだからな」
ということになって有罪と決まり。
野郎はどうせやってもいない罪でこんなのアリかよと思うだけだろうが、ムショには必ず、
「なるほど君がそう思うのも無理はない。でもどうだろう。君が今ここにいるのは果たしてそれだけが原因だろうか。君はこれまでどんな人生をやってきた。いろんなことが積み重なってこうなってしまったのじゃないのかな」
などとゆっくり諭す役目の人間がいる。ひょっとしたらそいつもちっとは反省して娑婆に出てくるかもしれない。
とは言え殺急隊員は「ひょっとしてこいつは更生するかも」なんて考え方はしないってのが給料のうちだ。迷いの元になるものは自分の死を招きかねない。だから更生なんて言葉が意識の隅をゴキブリみたいにカサコソしたら踏み潰す。
どのみちおれの性には合わん。処刑人になれると判断されたからおれは殺急隊にいるのだ。
――話がそれたが、強姦殺人についてだった。はじめっから殺る気にしても、姦ってるうちに殺るのにしても、とにかく強姦野郎に限って更生なんてするわけがない。性犯罪者は90パーの再犯率と、後の一割は精神病棟の厳重拘禁下に置かれる正真正銘の鬼畜ウジ虫なのだから。この連中は女が姦りたい一心で、殺しが予知されるのなんかロクに気にもしていない。
最初から殺すつもりの強姦も決してなくなったわけじゃない。きっとシステムの裏をかいて女を犯して殺す方法があるはずだ、それを見つけて成功すればそのとき俺は天才だ、後は死刑台にでもなんでも笑って立ってやる――なんて考えでいる変態がウヨウヨいるのが現実なのだ。
浜の真砂は尽きせども世に強姦の種は尽きまじ。全体として少しばかり数は減ったが凶悪化はより進んでいるというのが強姦殺人の現状だった。
そしてこれが殺人課にしてみれば、極めて厄介な問題なのだ。女を襲ってくれない限り捕まえることはできないが、だからといって襲うのを待つなんていうわけにいかない。
まあ予知の原理上、そいつが女を襲ってから息を止めさすのに二時間以上かかるのなら話は別だ。能力者が〈視〉た時には既に強姦の真っ最中なのだから、すぐゲンジョウに駆けつけて現行犯でお縄にできる。
しかし事件はケース・バイ・ケース。女がまだ襲われてないなら襲う前に止めなきゃならない。
それだと男を捕まえても罪に問えない時もあるが、そんなことは言ってられん。まずはマルキュウ(要救命者)の保護が優先。殺急隊は人命救助が仕事であり、犯人検挙が第一任務というわけじゃない。
とはいっても強姦魔を野放しにしていいわけがなかった。できることなら檻にブチ込まないといけない。逃がせばどこか別のところで別の女を襲うだろう。
時に応じておれ達は、女隊員を囮にして強姦野郎を待ち伏せるとか、マルキュウの彼女に事情を話し、痴漢撃退スプレーでも持たせて囮になってもらったりする。
たとえばマルタイが知り合いの場合だ。別れた夫が復縁迫ってレイプという手段に訴え、その挙句に殺してしまう――なんてよくある話だろ。そういうやつが予知があるから思いとどまるなんてあるわけないんだよな。
強姦男が百人いれば百の違った強姦がある。ケース(事件)に応じて対処法を決めねばならず、余裕は百分ある時もあれば百秒ない時もある。当然ながら、場合によっては男を射殺せねばならない。
殺急隊が男女でペアを組まされるのも、さまざまなケースに対応するためというのが理由のひとつだ。殺急隊の任務は常に最長でも二時間というタイムリミットがつけられる。不明瞭な状況の中、ロクに作戦を練る間もなしに殺しが起きるゲンジョウに飛び込んでいかねばならないのでは、個々の瞬時の判断がすべて。
それには部隊は少数編成が望ましく、強姦のようにデリケートな状況を見極めるには女性の眼もあった方がいい。そこで考えられたのが男女ペアの二組による四人編成というわけだった。
だからおれ達の作戦はいつも臨機応変の出たとこ勝負だ。零子が女の子を救け、おれが野郎をブチのめす。おれは逆でもいいんだけどな。
作品名:コート・イン・ジ・アクト3 少数報告 作家名:島田信之