コート・イン・ジ・アクト2 通り魔が町にやってくる
殺人予知者は日本に限らずどの国でも現れている。その多くが予知システムを採り入れようとしていたが、より適切な対処を求めて実証データを積み重ね、シミュレーションを繰り返して進むべき道を探していた。
概ねこんな結論が得られた。未来殺人を止めるのにあたって、最も優先的に確保しなければならないのは出動する警察官の安全である。要員が的確に行動できてこそ、被害者の命を救い、可能な限り被疑者を生かして捕まえることもできるからだ。
従来の特殊部隊とは異なる戦術が求められることになるだろう。これまでの急襲作戦は、テロリストなどが比較的落ち着いている不意を狙って行われた。けれども今後、部隊は殺人がまさに行われようとする場に突入するのであり、精神的に極めて危険な状態にある罪人と間近に向き合うことになる。
一瞬の判断ミスが何人もの死を招く。ゆえに専門の特殊部隊の編成は急務で、その隊員には必要とあらば〈対象〉を射殺する権限を与えなければいけない――。
そのように言われた。けれどもそんな世界の中で、日本だけがヘボ将棋を続けていた。何十人もの警官隊でゲンジョウを囲み、警棒だけで押さえにかかる。犠牲は出るが、とりあえず逃げられないから捕縛はできる。
――いや、そうはいかなかった。通り魔殺人は別だった。通り魔はマッポの群れを見つけたならば他所へ行き、そこで自分のやりたいことをやるだけなのだ。
そうして幾人もの市民が死ぬ事件を二件三件と起こし、海外の専門家に「何やってんだ」とあきれて言われた。日本の役人には物を考える頭がないのか?
これでさすがに官僚どもも、通り魔は私服の警官でやるしかないと悟った。しかしあくまで「人命を尊重せよ」との指示が為された。人命とはどの命を指すのかは訊いてはいけないことだった。
最悪の事件はそんななか起きた。その男はどこでどう手に入れたのか、イスラエル製の悪名高い短機関銃を持っていたのだ。UZIサブマシンガン――その日、大阪のある町で機関銃を持った男が道行く人を片っ端から撃ち殺すとの予知が出た時、あまりの事態に府警本部のビルの窓が一斉に割れた。わけがないが、中にいる者はこう思った。どうして殺人予知者なんてものが世に現れたんだ。予知がなければこれだって、何も知らず何もしなくてよかったのに……。
ギャンブルでの負けが込むと、人は正常な判断力を失うものだ。警察庁最高幹部――報せは光のスピードでトップに届けられたのだが、愚昧きわまるオヤジどもはこの事態を失地回復のチャンスと取った。
そして叫んだ。「何がなんでもその男を生かして捕らえろ! 市民にも警官にもひとりの犠牲も出さずにだ! 皆が防弾ベストを着けて市民を護ればできるはずだ!」
できるわけないだろう。このとき日本警察は世界中の笑いものになっていた。ニッポンのケーサツってさ、昔はすごく優秀って言われたんだよねコンニチワ。あんなの銃がなかったからさスシ・テンプーラ。でもニッポンのポリスマンって、その頃からピストル腰に着けてたんだってバンザイ・フジヤマけど絶対に抜いちゃいけなかったんだとよサムライ・ニンジャ。それで今あんなバカなことしてんだね、きっと安全だった時代が長過ぎたんだよオーチン・ハラショー。それロシア語じゃなかったっけ。
この事件を犯人を殺すことなく解決すれば、世界に再び日本警察の優秀さを示せるのだ。決して指示を待つことなく発砲するな! 決して犯人を撃ってはいかん! 拳銃は腰に収めておけ! 狙撃班は出動しても絶対撃つな! 絶対だぞ!
かくして惨劇の幕が開いた。撃たせてくれと叫び続ける悲鳴のようなゲンジョウの声に、府警本部は金切り声でNOと繰り返し繰り返し答えた。ダメだ、撃つな。撃つんじゃない! 絶対にホシを撃ってはいかん、絶対にホシを撃ってはいかん、絶対にホシを撃ってはいかん、絶対にホシを撃ってはいかん――。
そして怒鳴った。市民なんかいくら死んでもえーちゅーとるんじゃ、ほっときさらせい! このボケどもっ! 大事なのはホシの命だけちゅーのがおどれらわからんのかあ――っ!
銃殺魔は最後に自分で自分の頭を吹き飛ばして死んだ。犯人自殺の報告に東京の警察庁は怒号で応えた。なんだと、それは本当か! なぜだ、どうして死なせたんだ!
無数の屍をさらしたうえに犯人自決。無論、その者が自分を撃つのも予知でわかっていたことなのに止められなかった。日本警察史上まさに最大最悪の失態――だが、もうひとつおまけがあった。犠牲になった市民の中に日本人とカナダ人との間に生まれた八歳の男の子がいたのだ。
その時その少年は二歳下の妹と一緒だった。彼は妹をかばって死んだ。女の子は奇跡的に無事だったが、心に受けた傷の深さは知りようもなかった。
たった八歳の小さな子供が妹を護って戦ったのに、日本警察は百人が銃を持ちながらただ突っ立って見てたのだ。その事実は大陸間弾道ミサイルとなって太平洋を越え、多弾頭の雨に分かれてカエデの国の人々の頭に降り注いだ。
そして炎は瞬くうちに世界中に燃え広がった。日本警察の記者会見を百億が見た。罵声渦巻く会場でズラズラ並んだ官僚達が揃って遺憾に思っているのは市民の犠牲などではなくただ犯人に死なれたことだけと露呈すると、世界の国で群集が日本大使館を取り巻いた。
窓には石が、人にはタマゴが投げつけられた。あの国にはもうサムライはいない。いるのはサーベルで民を小突いたオイコラ警官というやつらの末裔だけだ。殺人予知がされる時代に今でもやつらが腰に拳銃ブラ下げてるのは、テンノーの威光を笠にふんぞり返っていたいからだ――海外のニュースメディアはそう言って、明治時代の絵など持ち出し日本警察をコキ下ろした。
この状況を警察はただひたすら首を縮めて耐えようとした。いつか嵐は過ぎるはずと。
なかなかそうはいかなかった。乱射事件に刺激を受けてか、各地で通り魔が相次いだのだ。鉈や包丁を振るう男に日本中で人が次々に切り裂かれていった。
しかしこれを止められない。先の事件で失策を認めていないのだから、同じ対処をずっと続ける他にない。事件のたびに制服に飾りを付けた上級職が、出動する下の者らに泣いて頼むようになった。お願いだから犯人をどうか生かして捕まえてくれ。君らは命を捨ててくれ。警察は断じて市民の安全を護るためにあるのではない。そこのところをどうか間違えないでくれ。どうかお願いだ、お願いだから……。
大阪の件で警察が何もしなかった理由のひとつに、SATとMAATと銃器対策部隊と、部隊がみっつも出動しながら協同して動けなかったことがあると言われる。警備部と刑事部とがそれぞれ個別に特殊部隊を欲しがって、そのうえ「ウチにももうひとつ」と言う官僚が出てくるからそういうことになるのだが、縦割り組織の弊害でこれらがまったく連係できずに互いを牽制するだけとなった。幹部は責任をなすり合い、そっちが引っ込めと言い合って、自分の隊には銃を使わず警棒だけで事に当たれと指示を続けた。
作品名:コート・イン・ジ・アクト2 通り魔が町にやってくる 作家名:島田信之