コート・イン・ジ・アクト2 通り魔が町にやってくる
05
というわけでおっさんは、とりあえず留置場にブチ込まれることになった。ギー、ガチャーン。
「ひとつ聞いていいですか?」
檻の中からおっさんは言った。
「予知って普通、犯人の顔も名前もわからないんじゃないんでした? なんで通り魔殺人するのが、あたしだってわかるんですか」
言ってやった。「殺人予知者にあんたの写真を見せたんだよ。そしたら『こいつに間違いない』と断言したんだと」
普通じゃなかなかできないことも、予(あらかじ)め見当ついてりゃ話は別だ。殺人予知者は殺される者の意識を通して、ゲンジョウで何が起きるかを〈瞼(まぶた)〉に〈視(み)〉る。だから殺人犯の顔も〈瞼に視て〉いることが多い。
後ろから背中をグサリとやられるケースなどでない限り、ということだ……ただ、普通は、似顔絵描いて『こんな顔だ』と説明したりはなかなかできない。
そんな時間の余裕がないのだ。だが今回の場合は違った。どうせ田沼に違いないと見当ついているのだから、記録から顔写真を探し出して能力者に見せればいい。それで『ハイこいつです』ということになれば、それで面割(めんわ)りの一丁上がり。
そうやって、部隊は出動しないで済んだ。しないで済んだが、おれと零子は横浜に留め置かれることになった。
『一応、予定時刻にはその場にいろ』って命令だ。役所勤めはこれだからヤになる。
時間までだいぶあるので零子とふたりでパチンコを打った。おれが負けて零子が勝った。時間がきたのでゲンジョウに行った。もちろん何も起きなかった。
それで伊勢佐木署に戻り、田沼のおっさんを外に出した。さっきは結局取り上げなかった包丁を、今度はしっかり没収した。手続書にサインして、『ああヤレヤレ』と署を出ようとしたところで、またピーピーと音がした。
警察用携帯電話を出した。液晶画面に受令の文章。
《急襲隊木村(きむら)班班長より宮本(みやもと)巡査と林(はやし)巡査、応答せよ》
名指しと来たらいいニュースのわけがない。おれと零子はゲンナリ顔を見合わせた。
電話のモードを〈受令〉から〈通話〉に替えて耳に当てる。
「宮本です」「林です」
班長の声が、『また通り魔だ。横浜市中区』
「射殺してもいいですか」
『指示を仰ぐ必要はない。各自の判断がすべてだ』
そういう意味で聞いたんじゃないが、班長は続けて、
『あのおっさんはどうした』
「釈放しました。十分ほど前ですね」
『だろうな』と言った。『また余計な知恵をつけたってことだ。パイされて二時間以内にやったんじゃハコ(留置場)に置かれ続けるだけで、たいして警察は困らない。だから二時間十分経ってからやることにした』
「うにゃー」とおれ達。
『ところでお前ら、あのおっさんに余計なこと言わなかったろうな』
「余計なこと? 別に何も言ってないと思いますが」
『ならいいが……どうも奴(やっこ)さん、もうひとつ要らん知恵をつけたようなんだ』
班長は、電話の向こうで首を傾げでもしているような調子で言った。
『予知によると、通り魔は次は覆面してることになってる。布切れを顔に巻きつけてるんだそうで、だから確かにあのおっさんかどうかはっきりわからないんだ』
作品名:コート・イン・ジ・アクト2 通り魔が町にやってくる 作家名:島田信之