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コート・イン・ジ・アクト2 通り魔が町にやってくる

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冬は寒い。あまり寒いと人は死ぬ。それは動物もおんなじだ。カエルや熊は冬眠して冷たい風をやり過ごす。人間にもときどきそれと同じような人がいて、あったかい春が来るまで刑務所の中で暮らそうと考える。冬眠前に熊がするのは食いだめだ。えーとビールと熱燗と、コレとコレとコレ持ってきて……あー食った食った食ったご馳走さん……。

『って、あの、お客さん。ずいぶん飲み食いされましたけど、お金はちゃんとあるんでしょうね?』

未来予知で殺人が未然に防げるようになってから、ちょっと変わった通り魔が町にやってくるようになった。第一に面白半分に通り魔をやらかす連中だ。『どうせ未然に防がれるなら別にいいじゃん』という調子で、黒いコートにサングラスでカッコいい気でいたりする。

若いうちはそれくらいでいい――わけがないけど、まあいいだろう。世の中ナメきってるだけのお調子もんならば、それなりの罪状つけて起訴されて高い罰金払うことになるうえに、会社の上役あたりにキツく監督されて当分まっとうな大人とは扱ってもらえぬ日々が待ってるだけだ。それだって、勤めをクビになったりしなけりゃの話だが。

とは言えそのテの悪ふざけで射殺されたバカが出てから――確かアメリカの話だ――すぐそんなのはいなくなった。しかしときどき、いい歳をしたおっさんに、まだやらかしてくれるのがいる。

それが今、おれと零子に両脇つかまれ歩かされてる田沼正平という男だ。ここ何年か東京警視庁の殺人課を悩ませてきた有名人で、おれは会うのは初めてだが、まあお噂は兼ねがねだった。

ホームレスでテント小屋とかも持ってないから、冬になるととてもとてもとてもとてもとても寒い思いをする。だから別荘だ別荘だ。刑務所良いとこ一度はおいで。監獄ロックで踊りまくろう!

ムショに行こう。ムショに行くには何か罪を犯せばいい。このおっさんは、手段として通り魔を選ぶ。この方法の利点としては、罪の意識にさいなまれずに済むことだ。予知で防がれ、誰も殺さず傷もつけずとなるのだから、悪いことは何もしてないことになる。おてんと様に顔向けできる生き方だ。きっと天国にも行けるであろう。

欠点としては、〈殺意がない〉のが自明であればムショにブチ込む必要だってないことで、おれと零子が今おっさんを引きずってるのは、さっきの刑事に警察署からサッサと放り出すように言いつけられたからだった。

「ちょっと、こんなのおかしいですよ。職務怠慢じゃないんですか?」

相手にするな、無視だ無視。

「警察がこれでいいんすか? 悪いやつを刑務所に送らなくてどうすんですか。市民の安全はどうでもいいの? あんたら税金で食わせてもらってるんでしょうが。ちょっと、やめてくださいよ! 市民には裁判を受ける権利があるんだ! それが人権てもんなんだ! あんたら、ホームレスは人間じゃないとでも思ってんのかあっ!」

あー聞こえない聞こえない。

「あたしだって人間なんですからね。日本に住んでいる以上、日本の法律を守る義務があるんですよ。なのにあたしはそれを破った。だからですね、罪を犯した人間はちゃんとムショに入れてやって、懲らしめのための労役に就かせるとともに、反省をうながし更生の機会を与えてやるのが社会の秩序を守ることになるのであって、悪い弁護士が凶悪犯の無罪だの執行猶予を勝ち取って正義ヅラをしているようでは世の中が良くなるはずないでしょう。特に若者への影響を考えるならですよ、法を犯した人間が法の裁きを受けないなんて――」

いっそ死刑になるならいいんだ。それだったら裁判所でもどこでも連れて行ってやる。

「あたしに『死ね』ってんですか。殺人や事故死は予知できるのに、『ホームレスが凍死するのは病死のうちで予知されない』って、なんでそんなことになんのよ。やっぱそんなシステムって欠陥あるんじゃないんですか? 人権団体に言いつけてやる。あたしらにだって支援してくれる人はいるんだからな」

さすがに相手にしないんじゃないかな。連中にとってもこんなのは、都合が悪いだけの存在なのだろうから。凍死とか医療事故死に予知されないことがあるのも、殺人予知の原理上のルールだからしょうがない。病死との境界線上にあると言える死なんだから、普段から屋根のないとこで寝ているのが悪いんだ。

おれと零子はおっさんを伊勢佐木署の出口にまで引きずっていった。放り出したらここから厚木にどうやって帰るか考えなきゃいけない。ヘリも迎えに来てくれないだろうから、たぶん電車に乗ってくことになるんだろう。このおっさんのおかげでとんだ災難だ。

――と、そうしてこの男を外におっぽり出そうとしたときだった。ピーピーという音が聞こえた。ポケットの中の警察用携帯電話だ。

おれは零子と顔を見合わす。その間に通り魔の田沼。なんとなくイヤな予感がした。

電話器を取り出す。タッチパネルに《指令有り》の表示が出ていた。その印を押してみると、

《通信指令室より伝達。殺人事件の予見感知。急襲隊員は所在を報告せよ。ゲンジョウ(現場)は横浜市中区、発生時刻まで120分、通り魔殺人――》

こんな文が表れ出る。おれと零子はおっさんを見た。

おっさんは言った。「何かあたしに関係ありそうなことですか?」