「あの世」と「寿命」考
「ええ、そういうこと。さっきの四次元の発想のように、同じ場所にいても、違う空間が存在しているというようなイメージね。その発想をできるようになってから、私は夢を別次元のものだって考えられるようになったの」
「さっきの、夢の世界から抜けられないというのは、別次元だから抜けられないという発想よね。じゃあ、夢の世界に眠っている時に簡単に入れるというのは、どう説明できるのかしら?」
「夢の世界を必要以上に別の世界であったり次元であったりと思わないことだって思うの。確かに結界のようなものが存在し、入ることのできないのが普通なんだって思うんだけど、いつ、いかなる時でも、入ることは可能だと思えば、難しくはない考えだって思うの。ただ、夢の世界に入り込むにしても、いくつかの段階を踏まないと辿り着けないものなんじゃないかって思うんだけどね」
「確かに、そう考えれば目が覚めるにしたがって夢を忘れている時、夢を忘れているという感覚がある時、いくつかの段階を感じているような気がするわ。忘れるということは、ひょっとするといくつもの段階が必要なのかも知れないわね」
という裕子の意見に対し、
「そうなのよ。夢に限らず、何かを忘れるという感覚は普通一つの段階しかないように思っているけど、実際にはいくつかの段階を踏んでいるのかも知れないわね」
と綾子が答えたが、
「でも、忘れるということは一気にだったり、いきなりということはないと思うわよ」
と裕子は言った。
ただ、裕子はこの意見を口にした時、綾子の表情を盗み見るような感覚になっていた。自分で言ったことではあるが、それは相手を試すかのような感覚になっていたのだろう。
「もちろん、そうなんだけど、私の考えている段階というのは、一気にだったり、いきなりという発想に結びつくものではないのよ。そういう感覚的なものというよりも、もっと理論的に説明できそうなことなんだけど、口で説明しようとすると難しい気がするの」
「というと?」
「口で説明すると、きっと誤解を受けてしまいそうに感じるのよ。うまく説明できない自分が悪いんだけど」
という綾子に対し裕子は、
「そんなことはないわ。私も理論的なことこそ、口で説明する時結構気を遣っている気がするもの。逆に気を遣わない方が、幸せなのかも知れないけどね」
「知らぬが仏ということ?」
「それもありなんじゃないかって思うの」
「ところで、さっきの段階という意味なんだけど、私の意識としては、おとぎ話の『わらしべ長者』のような発想ではないかって思うんだけど?」
と裕子がいうと、
「それは『風が吹けば桶屋が儲かる』的な発想ということ?」
「ええ、そう。つまりね、段階というのはステップアップを伴うもので、ただこの場合の段階にはループ性がある気がするの」
「というと、最終的には元の場所に戻ってくるということ?」
「ええ、でもそれが最終段階なのかどうかは分からない。もしそれが最終段階だということになるのなら、発想が元に戻ってきたということを意識できた時だって思うの」
「じゃあ、人によって、あるいは、場合によって違いが発生すると言いたいの?」
「ええ、この問題って結構デリケートな発想な気がするのよ。自由な発想ができるように思えるんだけど、発想が暴走してしまうと、元に戻ってくることもない。そうなると、段階を重ねるごとに自分の行き着く先を見失ってしまうことになる。普段は無意識に感じていることが感じることができなくなる。さっきの夢の世界から抜けられなくなるという発想は、まさにこのイメージと言ってもいいと思うの」
と裕子が言った。
「なるほど、ここでさっきの話に戻ってきたのね。これだってループよね」
と綾子がいうと、
「ええ、本当は自分でもさっきの話に戻ってくるという思いはなかったのよ。でも同じ発想ができる相手と話をすることで元に戻ってくる確率は上がるような気はしていたわ。だから私は綾子にこの話をしたのかも知れないって今は思っているわ」
それを聞いて、綾子もうんうんと頷いた。
「夢の発想だけでいろいろ考えられると思っていたけど、結局元の場所に戻ってくるというのが、今のところの結論になっているわよね。今から思うと、私もその発想を以前にしていた気がするの。だから、自分ではデジャブを感じているような気がするのよ」
と綾子がいうと、
「デジャブというのも、夢の世界と似たところがあるのかも知れないと思うけど、それはあくまでも遠くから見て近い場所にあるように見えるだけで、実際には遠い存在なのかも知れないと思うわ。満天の星空を見て、隣にある星が本当に近くに感じれらるけど、実際には気が遠くなるくらいに遠いものなんだって思うのと同じ発想なのかも知れないわね」
と裕子が言った。
「星って光が何百年もかかってやっと届く距離なんですもんね。そう思うと、今から比数百年前に光ったものが、やっと今私たちが見ることができるのよね。実際にはもうその星が存在していないかお知れないのにね」
「そう思うと、本当に不思議よね。想像もできないほどの数字のことを、天文学的な数字っていうけど、まさしくその通りよね」
「うんうん、星の世界を考えると、別の世界とか別の次元とか言っている時点で、狭い考えなんじゃないかって感じさせられるわ」
と綾子がいうと、
「そうかしら? 別の次元も別の世界も星の世界も、ひょっとするとすべてがどこかで繋がっているものなのかも知れないわよ」
と裕子がいった。
二人の話は果てしない発想に包まれたまま、お互いを模索するかのように展開していく。ただそこに意識は存在しない。あるとすれば、わらしべ長者になったかのような思いだけだった。
「ところでね。この間、男女について話をしたことがあったでしょう?」
と、裕子が話し始めた。
「ええ」
「私実はね。男の人に対して感じることを、女性にも感じるのよ」
いきなりのカミングアウトだった。
「えええ? それはレズビアンということ?」
と綾子はビックリして言った。
「自分でも最近自覚が芽生えたのでハッキリとは分からなくてね、レズビアンというのがどういうものなのか分からないんだけど、本来男性に感じるような思いを女性に感じるの。いとおしいという感じになるのかしら?」
綾子は少し混乱したが、なるべく他人事のように聞いてみようと思った。その方が冷静に考えることができると思ったからだ。
すると、いろいろ聞いてみたいことが浮かんでくるから不思議だった。
「いとおしいと考えるということは、裕子の方が愛したいと思う感覚なのかしら?」
本当であれば、
「裕子が男役?」
と聞けばいいのだろうが、それではあまりにもリアルで生々しい。言葉を選ぶのも冷静な証拠に思えた。
「そうなのかしらね。女の子を可愛いと感じるのは事実なの。男の子が女の子を可愛いと感じるのって、こんな感じなのかしらね?」
と言った後、苦虫を噛み潰したような、裕子が嫌な表情になったのに気が付いた。
この間の話で裕子は、
「この世に男女の区別があるのが分からない」
というような話をしていたのを思い出した。
裕子の考えの中に、
――男女を超越した別の考えがあるのかも知れない――
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次