「あの世」と「寿命」考
「そんなことはないわよ。私は裕子と一緒にいるから、こんなに発想が豊かになれるのよ。裕子もきっと私が一緒にいるから、普段他の人と一緒にいる時に見ることのできない何かを私の前だけで見せているものもあるはずよ」
と綾子がいうと、
「そうかしら。そうだったら嬉しいわ」
と裕子は答えた。
「私は寿命という言葉、本当はあまり好きじゃないの。寿命をまっとうすることが一番いいと言いながら、その寿命って終わってみないと分からないでしょう? しかも、終わった時にはその人は死んでいるわけだからね。誰かが証明してくれても、その人にとっては後の祭りでしかないのにね」
といって綾子は笑った。
裕子も綾子のその発想に、
――まるで禅問答のようだわ――
と謎かけのような発想に感心していた。
「私は、少し違う発想をしていたような気がするわ」
と裕子が言った。
「どういうこと?」
「今ここで綾子と話をするまでは、きっと意識しないまま、ずっと過ごしていくような気がしていたんだけど、あの世と呼ばれる世界では、私の発想としては寿命が中心で、時間が寿命に左右される世界で、時間の感覚が動物ごとに違っているんじゃないかって思うようになったの」
と裕子がいうと、
「ほう、それは斬新な考え方ね。私も裕子に言われて、その考えが自分の中に以前からあったかのような錯覚に陥った気がしたわ」
「そうでしょう? まるで目からウロコが落ちたって感覚なのよ。気が付いたことでスッキリするようななぞなぞの答えのような感じよね。でも、それって人に言われて初めて気付くものなのかも知れないわ。発想というのは、何も自分だけで考えるものなんじゃないってことなのかも知れないわね」
裕子は饒舌になってきた。
普段は綾子の話に合わせる形で、その要所要所にて自分の考えが斬新であることで、綾子に感心されることに悦に入っていた自分を顧みていた。
「でも、時間の感覚が動物ごとに違うというよりも、同じ動物でも違っているとは思わなかったの?」
「最初はそうも感じたんだけど、あの世というところは意外と何も起きない世界なんじゃないかって感じているの。この世のように突発的なこともなければ、奇抜なこともない。それを維持するには、同じ動物の間では、少なくとも時間の流れが共通じゃないといけないって思っているの」
「じゃあ、この世でいろいろな想像を絶するようなことが起こっているのは、人間同士、動物同士で時間が違っているからだって言いたいの?」
「ええ、でも時間が違っているのは人間だけ。他の動物は時間の相違は許されない。なぜなら弱肉強食の世界で、彼らには考えるという能力がない。つまりは本能のみで生きているわけでしょう? そんな動物にとって時間が違うということは、生態系の崩壊に繋がるの。そうなってしまうと、この世の生業はありえなくなってしまうって思うの」
と裕子が言った。
「どれか一つの動物の生態系が崩れるということは、すべてに影響してくるから、この世の崩壊に繋がるわね。でも、人間には考える力がある。だから、考えたことが間違いなのか正解なのかを追い求めているうちに、皆それぞれの発想が渦巻いてしまって、時間の感覚がマヒしてしまうんでしょうね。同じ時間を共有しているつもりでいても、実際にはどうなのかって、私は思ってしまうわ」
綾子も饒舌だった。
普段は綾子が発想の初端を開くが、今回のように裕子が先に開くと、それこそ、時間の相違を感じさせているようで、綾子は複雑な思いを抱くことになった。
「寿命というものをもう少し考えてみましょうか?」
と綾子が言い出した。
「というと?」
「寿命という概念はどこから来ているかということなのよね。それにこれからはややこしいので、動物はすべて人と話すようにするわね」
「ええ、いいわ」
「まず、人は生まれてから死ぬまでが存在して、その間をその人の人生というのよね。でも、生まれることは皆一緒なんだけど、死ぬ時は違っているわ・病気で死ぬ人、事故で死ぬ人、殺される人、そしていわゆる寿命をまっとうして死ぬ人と分かれるわ」
「ええ、それは分かるわ。だから、私はその人の人生はその人のものなんだけど、死ぬことの予想ができないことから、その人の人生には、何かの力が介在しているように思っていたの」
と裕子がいうと、
「でも私は少し違った考えを持っているの。人の人生は生まれた時からすでに決まっているんじゃないかって思いなの」
と綾子が言った。
「その考えは時々聞くけど、綾子がその考えに賛同しているというのは、私には少し不思議な気がするわ」
「どういうこと?」
「綾子はいい意味での破天荒に見えるので、自分の人生が決まっていて、ただそのレールの上を歩かされているだけだという考えには反対なんじゃないかって思っていたの」
「確かに私も中学生くらいの頃まではそんな考えもあったと思うの。でも今は違うわ。運命という言葉の意味を考えるようになったというべきかしら?」
「それは、自分の人生が最初から決まっていたという意味で?」
「それもあるけど、運命というものを誰かが創造した以上、そこに何かの意味が必ずあると思うの。運命の意味を考えると、寿命という言葉との相関関係は切っても切り離せないと考えると、この世では生まれた時から運命が決まっていたと考える方が辻褄が合いそうじゃない?」
裕子はそれを聞いて考え込んだ。
綾子は続けた。
「寿命をまっとうできたのかできなかったのか。老衰で死ぬ人にだって、それが寿命なのか分からない。人によっては百歳以上も生きる人もいれば、病気でも事故でもないのに、七十くらいで死ぬ人もいる。人によって寿命が違うというのも不思議に思うのよね。皆が皆、寿命まで生きていたとすればどうなるんでしょうね」
「生まれる数を制限しないと、人口が増え続けて食糧難になってしまうんじゃないかしら?」
と裕子がいうと、
「でも、そうなると、老人ばかりが増えてしまって、今の時代の象徴である高齢化社会に拍車をかけることになるわよね。それって大きな社会問題でしょう?」
「確かに……」
二人の話は社会問題にまで発展してきた。
「じゃあ、適度に人が死ぬというのも、社会の摂理としては、至極当然なことだっていうの?」
「そうかも知れないわね」
「でも、そのために早く死ぬのって不公平じゃない? 別に悪いことをしたわけでもないのに、いきなり死を迎えるんだから」
「そうかしら? そもそも寿命だって皆が同じものだって分からない。それこそ原点から不公平なんじゃない?」
「それはそうなんだけど……」
と裕子は綾子の意見に賛同はできないが、反論もできない。
「だからね。不公平だというイメージを人に植え付けないように、人の寿命は分からないようにしているんじゃないかしら?」
という綾子の意見を聞いて、
「あっ」
と思わず裕子は声を挙げた。
「なるほど、人に違和感や不可解さを与えないようにするために、寿命という意識をあまり持たないようにさせているのね」
「そう、だから寿命をまっとうしたといえば、大往生ということになって、その人が亡くなったとしても、悲しむことはないという考え方ね」
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次