「あの世」と「寿命」考
それに対して裕子も少し発想を膨らませてみて、
「私も同じように考えられるんだけど、もう少し捻って考えると、他の次元や世界の存在を否定しないとして、そしてもう一人の自分の存在を否定しないとすると、もう一人の自分がいる世界は、その人の寿命とともに別の世界に飛ぶということになるのよね。それをこの世では『死』という表現になるんでしょうけど、皆が同じ時期に死を迎えるわけではないから、人の数だけ世界が存在するようにも思うの」
「それは無限ということ?」
「そういうことになるわね」
「でも、この世では誰かが死ぬその時に、必ず誰かが生まれている計算になるでしょう? 人は生まれてから死ぬわけだから、決して生まれないのに死んだりはしないわけだからね」
と綾子も似たような発想を持っているようだった。
「そういう意味で輪廻転生という言葉が生まれたのかも知れない、前世という言葉も似たような発想なんじゃないかしら?」
「ところで寿命というのを私は最近気にして考えるようになったの」
と、また綾子が不思議なことを言い出した。
「寿命?」
「ええ、寿命って漠然と言われているけど、誰が決めたのかしらね? 宗教では自殺を戒めるものも多く、寿命をまっとうしないのはまるで罪のように言われているわよね」
「ええ、確かに。病気や事故などの突発的だったり、または時代によっては戦争などで死にたくない人でも死に追いやられることもある、決して本人が悪いわけではないのに、死ななければならなかったというのは考えただけで辛いのに、それを罪だというのであれば、完全に追い打ちをかけているようなものよね。死というのはいったい何なのかしらね」
と、裕子には珍しく興奮気味に話した。
その様子を見ていた綾子は、いつになく熱くなっている裕子をなだめるような目で見ながら、
「だから宗教があるのよ。この世で報われなかった人が、あの世に行けば報われるように、この世で少しでもいいことをしたり、神様にすがったりするという発想なのかも知れないわね」
「大体、戒律のある宗教の中で、人を殺めてはいけないという戒律が存在するのに、戦争の中のそのいくつかには宗教が発端になっているのがあるというのが納得がいかないわ」
裕子は何かのスイッチが入ったかのようだった。こんな裕子は本当に珍しい。綾子も久しぶりに見た気がして、さらにこんな時の裕子の発想が普段とは違うものになることが分かっているだけに、少しワクワクした気分になっていた。
「この世では皆寿命って違うじゃない。もっとも寿命をまっとうできる人の確率がそれほど高くはないのだから、どれが本当の寿命だったのかすら分からない。大往生と言われる人だって、それが本当の寿命なのかというのも分からない。だからこの世では、寿命をまっとうすることが一番いいと言われながら、実際には寿命のまっとうに対して、それほど重要視している人はあまりいないと思うのよ」
と綾子が言った。
「そうね。私も寿命という発想はあまり考えたことがないわ」
「どうしてだと思う?」
という綾子の質問に、
「よく分からないわ」
と裕子がいうと、綾子は少しニヤッとして、
「それは皆が死というものをどう考えているかということに繋がってくると思うのね」
「どういうこと?」
「死というものを楽しみにしている人なんかいないでしょう? 誰だって怖いものだって思っている。自殺する人だって、覚悟して自殺するわよね。一度では死にきれずに、ためらい傷を手首に無数に残している人もいる。それでも気が狂うわけでもなく、ちゃんと精神はしっかりした中で生きている。それは、死を絶対の恐怖だと思っているからだって思うのね」
「確かにそうだわ。死以上の恐怖を私も想像できないもの」
「といううことは、寿命というのが死というものに一番直結していることでしょう? 自殺を目の前に控えている人以外は、死について考えることなんかないと思うのよ。だから、恐怖である死を考えないようにしようと思うと、その条件反射で、寿命という言葉も無意識に避けるようになっているのよね」
「ええ」
「皆、長生きをしたいと思っている。これが人間の、いや、昔であれば妖怪の一番の望みは不老不死だったりするのよ。その例として中国の西遊記だったり、不老不死のために坊主の肉を食らうというでしょう? 世の中が乱れると、えてして誹謗中傷やあらぬ噂話が蔓延ることになるのよ。それがあらゆる生きている生物の生きているという証しであり、条件反射のようなものなんじゃないかしら?」
「なるほど、綾子のいう通りだわ」
裕子は少し落ち着きを取り戻しているようだった。
そんな裕子を見て、最初はワクワクしていた綾子だったが、落ち着きを取り戻した裕子にガッカリすることはなく、裕子の変化に対して、さらなる興味を抱くに至ったのであった。
「裕子は、あの世と呼ばれる世界に寿命というのは存在すると思う?」
「輪廻転生というように、あの世がこの世への生まれ変わりの準備段階だとすれば、寿命というのはあるのかも知れないと思うわね。でも、それはあくまでもこの世中心の考え方であって、今まで話してきた中では、この考え方がこの世に生きている人の傲慢から生まれたように感じると、それも少し違っているんじゃないかって思ったりするわ」
という裕子に対して、
「考え方はいろいろあるわよ。さっき話したように、あの世と呼ばれるのが生命の数だけ存在しているという発想もありではないかということよね。でも、それだと一つの世界に一人だけということになるでしょう? この世のように誰かとの交わりがまったくないことになる。でも、実際にはそんなことはないと思うの。もしたくさんの世界が存在するとしても、その世界には共有部分があって、意識することなく過ごしているとも考えられるように思うの」
と綾子が言った。
それを聞いた裕子は何か疑問を感じたようだ。いや、おかしいと思ったのは話を聞いているうちだったので、聞き終わった時には考えがある程度まとまっていたのではないだろうか。
「ちょっと待って、ということはこの世と呼ばれているこの世界も複数の世界が存在すると言えるんじゃないかしら?」
と裕子が言ったのに対して、
「そうよ。私はそう思っている」
綾子は裕子を覗き見るような表情になった。
――あなたなら分かるでしょう?
と言わんばかりの表情を、裕子は察していた。
「そっか、それが夢の世界だってことなのね」
と裕子は興奮気味に言った。
この興奮はさっきの興奮とは違う。興奮の根本は、さっきは怒りからだったが、今回は嬉々としたものだった。同じ興奮状態でも、喜怒哀楽、いろいろあるというものである。
「そうそう、私はそう思っているわ。だから、世界が無限にあるというのもその通りで、夢の中に共有部分があると感じたのも、この発想がそれを証明してくれるような気がしているの」
「なるほど、本当に綾子ってすごいわ」
と裕子が感心していると、
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次