「あの世」と「寿命」考
「その発想は面白いわね。ひょっとすると、天文学的な数字だったりするかも知れない。この世で死んで、すぐに生まれ変わるわけではなく、何十年も後に、あるいは何百年も後に生まれ変わることだってあると考えられるわよね。それは、いったんこの世から離れることで、またここに戻ってくるまでの道が遠いからなのかも知れない。そう思うと、死んでしまうと皆それぞれの世を結ぶ道に入り込んで、いつ先にある世界に出られるかで、生まれ変わりが決まってくるのかも知れないわね」
と綾子が言った。
「でも、これはあくまでも『生まれ変わり』というのが前提の発想よね。生まれ変わることができない人だっているかも知れない。その人はどうなるのかしら?」
裕子の質問に、
「生まれ変わることができない人は、この世に未練があって、死ぬことができないんじゃないかしら? いえ、肉体は死んでしまっているんだけど精神は生きていて、この世を彷徨っているというような発想になるんじゃないかしら」
と綾子が言った。
その答えを聞いて裕子は少しガッカリした。
――綾子らしくない答えだわ――
と思ったが、
――綾子がこんな教科書的な発想をするということは、この発想には何かアンタッチャブルな部分があって、綾子にその発想をする隙を与えなかったとも考えられるわ――
裕子は、自分でも考えすぎではないかと思ったが、裕子自身、この発想に関しては確かにさっきまであれだけ飛躍した発想ができていたのに、急に発想する力が衰えたように思った。
それが今まで発想しすぎたことで、ちょうど今になって冷却期間が訪れたということで、それがたまたま、
――死んだ人がこの世を彷徨うことで生まれ変わることができなかったんだ――
という発想になったとも考えられなくもない。
ただ、生まれ変わることができないという発想は、さっきまで考えていた話の大前提を覆す新たな発想だっただけに、どちらともいえないのではないかと思うと、
――この世はあくまでもこの世であって、あの世とは違った発想になるのも仕方のないことだ――
とも考えられるような気がした。
「人間の自己顕示欲が生んだのがあの世とこの世という世界の境界だと思っていたんだけど、そうやって生まれ変われなかった人の発想を考えると、自己顕示欲というのも、必要なのかも知れないと思うわ」
と裕子は言ったが、それに対して綾子も気持ちが同じなのか、何度も頷いていた。
「さっき話した孤独という考え方なんだけど、私は生まれ変わることができなかった人が一番の孤独を感じているんじゃないかって思うの」
と裕子は続けた。
「それは、あの世に行けなかったことで、一人がこの世を彷徨っているということ?」
「ええ、この世を彷徨っている人がどれだけいるのか分からないけど、その人たちはそれぞれに彷徨っている世界が違うと思うの。彷徨いながらお互いのことを知らない。だから、この世を彷徨っているのは自分だけなんだって思い込んでいるんじゃないかな?」
「面白い発想だと思うわ。そう考えると一番の孤独を抱えていることになるからね。でも、その人は一度死んでいるんだから、その次はどうなるのかしらね? 永遠にこの世を彷徨い続けることになるのかしら?」
と裕子がいうと、
「きっとほとんどの人はそう思うんでしょうね」
と、綾子は答えた。
「綾子は違った考えを持っているようね」
「ええ、少し違うわ。私はこの世に永遠なんて言葉は存在しないと思っているの。もっというと、あの世と呼ばれている世界とこの世と呼ばれている世界の違いはそこにあると思うの。あの世と呼ばれる世界がいくつあるのか分からない。でも、私が考えてこの世は一つしかないわよね。つまり永遠が存在できないのがこの世であり、それ以外はすべてあの世ということになると思うの」
「この世が一つしかないというのは、綾子の発想では、あくまでも今見ている世界からということね?」
「ええ、だからあの世と呼ばれるところにいる人は、その世界をこの世だと思っていて、そのこの世には永遠が存在しないの。つまり限界があるのよね。そしてその世界もその人にとっては一つしかない。そう思うと、あの世とこの世とは背中合わせの世界のように感じるのよね」
「なるほど、限界があるからこの世だと思うと、自分の存在意義もおぼろげに分かってくるかも知れないと思えるわね」
「じゃあ、この世とあの世の間には結界が存在し、それがこの世の限界であり、永遠を否定することになるという考え方ね」
「そういうことなの」
話題を振るのはいつも綾子だったが、途中から発想を変えて、最後に結論めいた場所に辿り着くのは、裕子の発想だという構図が、二人の間に出来上がっていた。
「また話が戻るけど、あの世では、動物ごとに時間が違っているのかしら?」
と綾子が言った。
「あの世では永遠が存在しているのだとすれば、そこに時間という概念があるのかどうかも不思議な気がするんだけど?」
「そうでもないわよ。永遠が存在するからといって、時間の概念がないというのは少し違うと思うの。逆に時間の概念があるから、その概念を超越した発想から、永遠という言葉が存在しているのかも知れない。ただ、私はあの世では、動物の垣根を越えて話ができるじゃないかって思うの。話ができることで、今まで知らなかったことを相手に教えてもらえる。ひょっとすると、あの世で人間は下等動物の一種なのかも知れない。この世では言葉がしゃべれないことを下等動物の証明のように考えているんだろうけど、言葉がしゃべれることで、他の動物の地位は十分に価値のあるものとなっているのよ」
という綾子の話を聞いて、
「まさかと思うけど、あの世では人間は言葉がしゃべれないのかも知れないわね」
と裕子が答えた。
「それは言えるかも? 完全に立場が逆だと思うと、あの世で人間は何を考えているのかしらね?」
「何も考えていないんじゃない? ただ本能だけで生きているような、この世で感じている動物のようなものなのかも知れないわよ」
「ひょっとすると、前世のことを覚えていないのは、生まれ変わる前の世界では自分の中に記憶もないかのような世界にいるからなのかも知れないわ。生まれ変わる時に記憶を誰かに消されるのではなく、消さなくても記憶は最初から存在しないと思うと、そっちの方が信憑性も説得力もあるんじゃないかって思うの」
またしても、裕子の発想は突出していた。
「裕子も結構破天荒な発想するわよね」
と綾子が関心していると、
「それは会話の相手が綾子だからよ。相手が他の人だったり、一人で勝手な妄想をしているだけなら、こんな発想生まれっこない。他の人と話をしていると限界を感じるだろうし、一人で妄想していると、まったく違った方へ向かっていて、暴走しているかも知れない。でも綾子と話をしていると私は暴走しそうになると、綾子が止めてくれるような気がして気が楽になるのよ」
と裕子がいうと、
「そうかしら? 私も一緒に暴走するかも知れないわよ」
という綾子に、
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次