「あの世」と「寿命」考
「生まれ変わるということは、完全に全盛をリセットするということでしょう? もし生まれ変わった人が、前世の記憶が少しでも残っているとすればどうかしら?」
綾子の発想は、
――女心――
を感じさせるような気がした。
「そこには孤独という発想が出てくるのかも知れないわね。前世も記憶が残っていたりなんかしたら、自分だけがそこに存在していて、誰にも出会うことのできない自分が、他人の中で意識だけを持ち続けるわけでしょう?」
「じゃあ、生まれ変わった人がまた人間に生まれ変わったら、三世代前からの記憶を保持しているということになるわよね」
「そうね、これって何の罰なのかって思いたくなる。肉体はまったく違う人になっていて、しかも、その人の人生なんだから、自分にはどうすることもできない。生まれ変わってなんかほしくないって思うわよね」
裕子はそれを聞いて、
――そっか、私が死んだら生まれ変わりたくないと無意識に感じていたのは、この思いがあるからなのかも知れないわ――
そう思うと、またしても思い出したのは、三百年も同じ場所に立って、死ぬことも老いることもできずに果てしない孤独と、誰かが身代わりになってくれるのを待ち続けなければいけないという希望なのか、それとも強制された義務への恐怖なのか、まったく正反対の意識が同居する果てしない時間と空間を過ごしている自分を想像してしまう。
「あともう一つ考えていることがあるの」
と綾子はどんどんいろいろな発想を口にしてくる。
「まだ何かあるの? これだけでも発想が落ち着かない様子なのに」
と裕子がいうと、
「私も思い出したことを口にしてしまわないと、永遠に思い出すことができないような気がして、どうしようもない気分なのよ」
と言った。
「それはどういうものなの?」
「この世では、動物によって過ごす時間が違っているじゃない。あの世ではどうなのかなって感じるのよ」
とまたしてもさらに漠然とした発想だった。
――どこがさっきの話に結びついてくるの?
と感じたが、無理に結びつけることはないと思った。
「この世では動物によって寿命が違っているわよね。人間は五十年以上生きるけど、イヌとかは十五年くらいが寿命だったりするわよね」
「そうだよね。動物によっては二週間ほどしか生きられない動物もいたりする。セミなんて、成虫になってから、二週間程度というから、本当に短いわよね」
という綾子の言葉を聞いて、裕子は子供の頃に見た妖怪少年が三百年一つの場所で誰かがやってくるのを待っていたのを思い出した。
「でも、闇雲に生きるだけというのも、どうなのかって思うわ」
「動物にはそれぞれに寿命というのがあって、本当はそのっ寿命をまっとうするのが本当は一番なんだろうけど、実際には寿命をまっとうできる人の数は少ないのかも知れないわね。特に弱肉強食の動物の世界では、獲物になってしまっては寿命どころではないですよね」
「人間だってそうよね。特に人間は戦争などで殺しあうという行為に及ぶものね。他の動物にはありえないことよね」
「なまじ知能を持つと、欲が生まれたりして、欲の達成のためにはまわりの人の命など、どうでもいいという感覚になる場合もあるのかも知れないわ」
「戦争という究極の精神状態に陥ると、そうなるのかも知れないわね。明日は我が身だという言葉があるけど、本当にリアルに感じれば、理性なんて吹っ飛んでしまうんじゃないかしら?」
「悲しい話よね」
「でも、それが本能だったり本性だったりするのだったら、それも人間の真実なのよ。他の動物が弱肉強食なら、人間の世界でも弱肉強食が生まれたとしても、それはそれで仕方のないことじゃないかしら?」
二人はしばらく沈黙していた。
「また話が戻るんだけど、あの世って一口に言うけど、本当にあの世があるとすれば、いくつ存在しているのかしらね?」
と綾子が言い出した。
「そうね。そもそもこの世と呼ばれているのも、今ここにいるのがこの世だから、この世って言っているだけで、他の世界から見ればあの世になるのよね」
と裕子が言った。
「その通りよ。その発想は面白いと思うわ。その発想こそが人間の発想なのよ。たとえば私たち人間と他のものとを比較する時、必ず差別化した表現になるでしょう?」
「というと?」
「たとえば、地球人と宇宙人よね。SFや特撮では、何とか星人っていうでしょう? それに宇宙人も自分たちのことを、『○○星雲からやってきた○○星人だ』なんて言い方をするわよね。でも、ある特撮映画を見た時に、『何をかしこまっているんだい? 地球人だって宇宙人の一種じゃないか』と相手の宇宙人に言われているシーンがあって、それが印象的だったわ」
「特撮やSFを考えると面白いわよね。地球人は皆名前で呼び合うのに、何とか星人同士が名前で呼び合っているところを見たことがないわ。そもそも名前なんて概念があるのかしら?」
「それを言い出せば、日本語をしゃべっていること自体おかしいのよ。それにもっと面白いと思うのは、侵略に来る宇宙人というのは、一人でやってくることが多いでしょう? 中には円盤群をよこすところもあるけどね、でもほとんどは一人でやってきて、ウルトラマンのようないh−ローにやっつけられると、すぐに侵略をやめてしまう。長年地球を研究してきて、やっと侵略に来るというのに、一人がやられただけで簡単に侵略を諦めるというのも腑に落ちないと思わない?」
綾子の発想は独特だが、裕子にも何が言いたいのか分かった気がした。
「これは宇宙人に限ったことではないわよね。他の動物に関しても同じことが言える。人間は他の動物と違って、言葉がしゃべれるし、考えることができる。だから、特殊な種族なんでしょうけど、動物は動物なのよ。それなのに、人間以外の動物を動物と言って、人間は人間という。動物ではないかのような言い方になっていることで、地球上の代表のように感じる。だからさっきの宇宙人の発想にもなるのかも知れないけどね」
裕子も日頃感じている疑問や発想を、綾子が話題にしてくれた気がした。綾子も自分なりに考えていたのだろうが、裕子と話すことで、さらなる発想の展開に思いをはせているのかも知れない。
「そういう意味でも、この世と呼ばれている世界も、あの世という広い範囲では、あの世の一種なのかも知れないと思うの。だから、今私たちは生きているというイメージでいるけど、死んだらどこに行くかというだけの違いで、今と同じ世界がどこかに広がっているのかも知れないわ」
と綾子が言った。
「それって、生まれ変わる人もいるということかしら?」
「そうね、死んだ人がその瞬間、またこの世で生まれ変わるパターンもあるかも知れないわね。いや、その可能性は高いのかも知れない。あの世と呼ばれる世界がどれだけあるかということにもよるのかも知れないけど」
綾子の発想に裕子はまたしても別のことを考えていた。
「じゃあ、あの世とこの世を結ぶ道があるとして、その間の道はどれくらいの長さなのかしらね?」
と裕子がいうと、
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次