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「あの世」と「寿命」考

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「そうでしょうね。でもその間に急に年を取ってしまうんですよ。それは肉体的なものもそうなんでしょうけど、精神的にも年を取る。それはきっと人と関わりを持つからなんでしょうね」
 と彼に少年は言った。
「あなたは、ずっとここにいて、人と関わってこなかったんだよね?」
 と男が言うと、
「そうだよ。ここに誰かが来たのは、僕がここにいるようになって初めてのことだから、三百年ぶりということになる」
「実に奇跡的な確率になるんじゃないかな?」
「そうかも知れませんね」
「でも、君はどうしてそんなに何でも分かるんだい? 人と関わっていないにも関わらず、人間のことを、人間よりも詳しく知っているように思うよ」
 男のいう、
――人間よりも――
 という言葉を聞いて、少年はどう感じただろう。男は目いっぱいの皮肉を込めて聞いたつもりだった。
「お前は人間なのか? それとも妖怪なのか?」
 と聞きたいのはやまやまだったが、そこまでできないのは、まだ彼に人間としての尊厳を感じていたからだろう。
「君は、元に戻らなくてもいいと言ったけど、それは人間に戻りたくないということなのかい? それとも人と関わりたくないという気持ちからなのかい?」
 という男の質問に、
「僕は人間なんだよ。でもここにずっといることで、人間ではなくなってしまっている自分を感じる。人間でいたいという気持ちと、人間に戻りたくないという気持ちが交互に表に出てくるようで、その気持ちが堂々巡りを繰り返していることで、時間の感覚もマヒしてしまい、三百年という年月も苦にならなくなってしまったんだよね。でも……」
 と、少年は急に口籠ってしまった。
「でも?」
 と男が覗き込むように聞くと、少年は少し戸惑いながら、
「三百年ぶりに人に出会うと、自分はやっぱり人間だったんだって思うようになって、木が付けば時間の感覚が戻ってきたような気がしています。その証拠に、最初に感じていたことと今とでは、かなり考えが動揺しているように思えてならないんですよ」
「それは、三百年の間、怯むことのなかった気持ちに、何かの揺らぎが生じたということなのかな?」
「そういうことなのかも知れないですね。僕はここにいる以上、他の人間よりも長く生きてきたことを誇りのように思ってきたんですが、それが自分が寂しく感じないための言い訳のように思っていたんですよ。自分に自信を持ちながら、その自信を裏付けるためには、根拠が必要なので、その根拠が言い訳であっても、それは仕方のないことだと思うようになったんです」
「それは、君に限ったことではないよ。そういう意味では君はやっぱり人間なんだと思うよ。人間以外の何者でもない。むしろ一番人間臭いと言ってもいいかも知れない。僕の知っている人間臭い人というのは、お世辞にも褒められたような人ではないんだけど、僕は嫌いじゃないんだ。だから僕は君のことが好きだし、ここで出会えたのも何かの縁なんだって思うんだ」
 その言葉を聞いて、少年は何かを思い出したようだ。
 少年は頭をもたげながら、顔に歪みを感じさせた。先ほどまで感じられた自信に溢れていた少年からは想像もつかないような表情である。
「大丈夫かい?」
 男は少年をねぎらった。
「ええ、大丈夫です。僕はきっとあなたから見れば、僕がどんなに人間だって言ったとしても、妖怪にしか見えないんでしょうね。だからそんな僕を人間臭いと言ってくれた。その感覚に懐かしさを感じるんです」
「どういうことなんだい?」
「僕がまだ人間だった頃、つまり三百年前の僕も、あなたと同じような気持ちになった時があったんですよ」
「それはいつのことなんだい?」
「ちょうど、僕がここで妖怪になってしまった、その時……」
「えっ?」
 少年はそう言うと、男の手を掴んだ。
「何をするんだ?」
 急に男の表情に恐怖が浮かぶ。
 このあたりから、裕子の妄想は、前に見たテレビの内容に戻ってきた。戻ってくるまでの時間がどれほどのものだったのか、自分でも分かっていない。
 急に戻ってきた記憶の中で、裕子は自分が妄想の中にいたことを感じた。
――私はまた――
 裕子は過去のことを思い出すたびに、自分の妄想の中にいることが多かったのをいまさらながらに感じた。
 裕子は、妄想しやすい女性だったが、そのほとんどが過去の記憶を思い出した時に感じるものだった。懐かしさを感じることで妄想に発展するのかどうかまでは分からなかったが、我に返った時に感じるのは、懐かしさという感覚だった。
 テレビの映像はいよいよクライマックスになっていた。どのあたりから自分の妄想に入ってしまったのか、そして自分が介在したのがどこからだったのか、懐かしさを感じた瞬間に忘れてしまう。まるで目が覚めるにしたがって忘れてしまう夢のようだ。
――夢というものが、目が覚めるにしたがって忘れてしまうという感覚があるから、忘れるという感覚がいつでも自分の中にあるかのような錯覚を覚えるのかも知れないわ――
 と裕子は感じていた。
 テレビの映像でよみがえってきた場面は、男の手を妖怪少年が握った瞬間だった。
「えっ?」
 男は完全に虚を突かれてしまい、初めて触った少年の手の感覚に、自分の身体が痺れてくるのを感じているようだった。
 本当はどうなのか分からなかったが、映像の効果からなのか、痺れているかのようにしか見えなかった。
 痺れの中で、男は自分の意識が遠のいてくるのを感じた。完全に逝ってしまったかのような表情は、あの世を見てきたかのように思えるほどだった。
――どこかに行ってから戻っていきた感覚だわ――
 と感じた。
 どこかに行ったそのどこかが、その時の裕子には分からなかったが、綾子とあの世や夢の話をした後だったので、今ではあの世だったように思えてならない。そして、テレビを見た時にどこに行ったか分からなかったことで何となく覚えた苛立ちの正体が何だったのか、今は思い出せるような気がした」
 テレビ画面は、白い閃光が放たれたかと思うと、元に戻った画面では、男と少年が入れ替わっていた。
――やっぱり――
 裕子はこんな結末になるのを分かっていたような気がした。
 そして、結末がこれ以外だったとすれば、こんなに後になるまで、この話の記憶を覚えていることはなかっただろう。覚えていようと思っても記憶がそれを許さなかったに違いない。
 結末として、他の子供は納得がいくだろうかとも裕子は思った。
――結末がどうであったとしても、その途中の恐怖に満ちた映像は、褪せることはなかったように思うわ――
 要するに、結末に到達する前に、この話は終わっていたように感じるのだった。
「結果は最初から決まっているんだよ」
 という言葉は、大人になるにしたがって、いろいろな人から話を聞くことがあった。
 今までに実感したものとしては、受験があった。
――試験を受ける本番までに、結果は決まっているのかも知れないわ――
 と感じた。