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「あの世」と「寿命」考

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――いったいどこに向かっているんだろう?
 そのうちにどこかに出てくるのは分かっていたが。そこが自分の知っているところであってほしいと長いながら歩いていたが、実際に残念ながら願いは薄いようだということを自覚していた。
 どれくらい歩いたのだろうか? 結構歩いたような気がするのだが、男はなぜか疲れている様子ではなかった。
「こんなに歩いているのに、疲れないなんて」
 男はそう呟くと、もう一度空を見上げた。
「えっ?」
 男はその時、何かに気がついたようだ。
「同じところをグルグル回っているようだ」
 空を見る限り、グルグル回っているという感覚はないはずだった。
 ということは、この感覚は男だけのものであり、信憑性の有無に関しては男にしか分からない。ただ、男がそう思ってしまったことで、曖昧だったことが確定してしまったのかも知れない。
男はいったん腰を下ろして休むことにした。
――別に疲れているわけではないのに、腰を下ろすということは、却って疲れを増幅させることになるのではないか?
 と男は感じた。
 実際にその考えは当たっていた。いったん腰を下ろしてしまったことで再度腰を上げようとすると、今度は身体が重たくて、すぐに動くことができなかった。
――こんなに身体が重たいなんて――
 身体の重たさがそう感じさせるのか、それとも身体が固まってしまったかのように動かすことのできないという苛立ちが、重たさに結びついているのかも知れない。
 男はさらに進んでいくと、藪のようなものを見つけた。その奥には少し広くなった場所があることを見たこともないくせに分かっているような気がしていた。実際にその場所に行ってみると、その奥には確かに広い場所があるのが分かった。
 だが、予期せぬものがそこにはあった。その広っぱの中央に、一本の案山子が立っていたのだ。その案山子は後ろ向きに立っていて、
――よく案山子だって分かったな――
 と感じるほどであった。
 後ろから見ると一瞬、大きな蓑虫のように見えた。蓑をかぶっていて、少し猫背に見えた。しかしその足は一本の細い木であり、一本の木に蓑が刺さっているかのような光景だった。
 男はなぜかそれが後ろから見ているのだとすぐに分かった。その不気味な蓑に、生き物を感じたからだった。恐る恐る前に回ってみると、そこに立っているのは、一人の少年だったのだ。
「これが、少年なんだわ」
 と、テレビを見ながらやっとここで少年が出てきたことを知った。
 ここで少年が出てきてくれたことで、どこか安心した気持ちになったが、その少年の顔は口が耳まで避けているような恐怖を感じさせる顔だったのに、裕子は恐怖よりもその少年に寂しさを感じさせられたのだ。なぜならその少年が主人公の男を見た時の顔が、ニコリとはしていたが、何とも冷徹に感じられたからだ。
 孤独だった自分の前に人間が現れて嬉しいという気持ちと、それまxでずっと表情を変えていなかったので、表情を変えることがどれほど緊張することかということをいまさらながらに思い知らされたのか、引きつった顔になっていたのだ。
「やあ、こんにちは」
 少年は男に向かって語りかけた。
 男は恐怖で顔が引きつっている。その恐怖というのは得体の知れない少年に出会ったという恐怖というよりも、もっとリアルに少年の引きつった顔が怖かったということになるのだろう。
 男も引きつった声で、
「こんにちは」
 と声を返した。
 一瞬、沈黙の間があったが、最初に口を開いたのは主人公の男の方だった。
「君は何者なんだい?」
 といういきなりの核心を掴もうとする質問に少年は、
「僕はここの主とでもいうのかな?」
「ここって、どこからどこまでの?」
「この森全体とでも言おうかな? 僕がここにいることでこの森は僕を主として認めてくれているんだよ」
 という少年に対して、
「でも君は歩けないんだろう?」
「ああ、そうだよ。僕はここから歩けない。つまり移動できないのさ。だからここの主ではあるんだけど、この森に拘束されているとも言えるんだ。お互いに持ちつ持たれつというところかな?」
 と少年は言いながら笑った。
 その表情にはさらなる引きつりを感じさせ、男はもう笑うことができなくなってしまったかのように自分が硬直していることを感じた。
 このあたりから、裕子の頭の中で、自分の妄想が重なり合ってしまったのか、どうやら記憶が錯綜しているようだった。それは今思い出している状況の中で、綾子との話を織り交ぜて勝手な妄想が頭を巡っているからなのだろうか。
 いや、ひょっとすると、裕子はこの状況の中に自分がいるのを想像しているからではあにかと思った。ただ、そこにいる自分は少年でもなければ、主人公の男でもない。あくまでも表には出てこない黒子のような存在だった。
「こんなところに一人でいて、寂しくないのかい?」
 という男の言葉に、
「もう、寂しいなんて感覚なくなっちゃったよ」
 と答えたのを聞いて、
「君はいったい、ここにどれくらいいるんだい?」
「そうだなぁ。性格に数えたわけではないから分からないけど、三百年くらいかな?」
「三百年?」
 それを聞いて、やはりこの少年は妖怪なのだと気付いた。
「そんなにビックリすることではない。僕の感覚としては、人間の感覚の数ヶ月くらいのものだって思っているんだよ」
「どうして君が人間の感覚が分かるんだい?」
 と男が聞くと、
「失礼だな。僕はこれでも人間なんだよ」
 と、少年は恐ろしい信じられない言葉を口にした。
「人間が三百年も生きられるわけないじゃないか」
 ともっともなことをいい、一瞬しまったと思った。
――この状況で、何をいまさらまともなことを想像しようとしているんだ――
 と、思ったからだ。
「君は前は人間だったということ?」
「ああ、そうだよ。そしていつの日にか、もう一度人間に戻れる日を夢見て、ここに立っているのさ」
「元に戻れると?」
「ああ、戻れるよ。でも最近はここまでくれば、元に戻らなくてもいいんじゃないかって思ってもいるんだ。せっかく長生きできているのに、いまさら人間に戻ると、あっという間に死に向かっていくことになるからね」
「君は死にたくないんだ」
 と少年は言われて、
「うん、死にたいなんて人間、そんなにいるわけじゃないでしょう。僕はここで森の主になるまでは、どんなことがあっても、不老不死はありがたいものだって思い込んでいたからね」
「今は思わないんですか?」
「前ほどの感覚はなくなりました。死に急ぐことはないけど、死ぬことが怖いことだとは思わなくなったんですよ」
 少年は、ここに三百年いるという。しかも少年のままで。ただ、見た目は少年だが、細かいところを見ると、少し褪せているように感じるのはいったいでどうしてであろうか?
「あなたは、僕が年を取っていないことが不思議なんでしょう?」
「ええ、どう見ても少年にしか見えないので、ここに来た時から年を取っていないとしか思えない。あなたは三百年いると言ったけど、三百年という年月から比べれば、人の成長の一年や二年というのは、本当にあっという間のことなんでしょうね」