「あの世」と「寿命」考
――私って、本当に綾子の影響を受けていうrんだ――
と思った時、さらに不思議な感覚が思い浮かんできた。
――私の前世は、綾子だったのかも知れないわ――
裕子は綾子と話をしていて、綾子の考えていることが手に取るように分かる。
しかし、それは一緒にいて話をしている時だけで、普段はまったくと言っていいほど、綾子を意識することはない。つまりは裕子は綾子と一緒にいる時だけ、別の自分になっているかのように感じるのだ。
裕子は綾子と一緒にいる時、
――自分が孤独だ――
と感じるようになった。
それは綾子から、
「私は孤独に憧れている」
という言葉を聞いてからのことだったが、その言葉の真意はすぐには理解できなかった。
――ではいつ理解できたのか?
と聞かれると、裕子が自分も孤独であることを再認識してからのことだった。
それまでは、孤独というと、寂しさを伴っていて、
「人は一人では生きられない」
という当たり前になっている言葉を、他の人と同じようにずっと信じてきた裕子にはすぐに理解できるものではなかったからだ。
「私は人と同じでは嫌だと思っているのよ」
と、綾子と知り合ってから少しして綾子に言われたことがあったが、最初はその言葉を聞いて、
――この人変わっているわ――
と思ったが、自分でそう思ったわりに、自分で感じたことに理解も納得もできなかった。
そう思うと、
――私と同じだわ――
と思うと、それ以外の発想が綾子に対してできなくなってしまった。どうやら裕子は自分が理解もできて、納得もできる相手に巡り合えたということに気付いたのかも知れないと思った。
「孤独って寂しいわけじゃないのよ」
と言われた時、裕子は目からウロコが落ちたような気がしていた。
――この人と一緒に話をしているのは、もはや理屈じゃないんだわ――
と思うことで、裕子は自分が自分自身を凌駕できる存在になれそうな気がしたのだ。
裕子は綾子に言われた孤独というものに思いを馳せていた。その時に思い出したのは、子供の頃に見たアニメだった・
あれは、妖怪もののアニメで、昔話やおとぎ話の派生方のような話だった。正義の味方がいるわけでも、悪い妖怪がいるというわけではない。そういう意味では子供が見るには少し恐怖を煽られるものだった。
裕子は、本当はホラーやオカルトのような怖い話は嫌いだった。しかし、なぜかそのアニメだけは毎回見ていた。他の友達と話をしている時、
「怖がりのくせに、どうしてあのアニメだけは見ることができるの?」
と聞かれた時に祐子の答えは、
「別に怖いとは思わないけど」
と、あっけらかんとしたものだった。
「えっ、あんなに恐ろしさを煽るようなアニメなんかないわよ。何と言っても正義の味方が出てきて、悪い妖怪をやっつけるというような内容というわけではないんだから、普通は怖いと思うわよ」
「どうしてなのかしら? あの話を見ていると、何が怖いのか分からなくなるのよ」
「だって、あんなに現実離れした話をリアルに表現しているんだから、それが怖いといえるんじゃないの?」
と友達は言ったが、普通の子供ならその話に納得することだろう。
しかし、裕子は話を理解はできたが、納得はできなかった。そのため、何が怖いのか、相手の話が見えていなかったのだ。
ただ、裕子は口にはしなかったが、
――寂しさを伴わなければ、基本、怖いとは思わないんだわ――
と感じていた。
しかし、そんな裕子にもその恐怖を感じる時がやってきた。それはそれまで感じたことのなかった寂しさを感じたからだった。ただ、裕子が感じたのは寂しさではなく孤独だったのだが、子供の頃の裕子には、そこまでのことを理解するだけの力はなかった。
あの時の話は、最初から、
――何となく怖そうな話だわ――
という予感めいたものがあった。
裕子はあまり自分の予感を信じる子供ではなかったのだが、その理由は、あまり必要以上のことを考えない子供だったからだ。必要以上のことを考えないということは、ただ毎日をその日暮らしで過ごしていると言い換えることもできただろう。
――いちいち恐怖を感じないというのも、その日暮らしで過ごしているからなのかも知れないわ――
と、子供心にも分かっているつもりだった。
その感覚は当たらすとも遠からじというところだったに違いない。
番組としては三十分番組で、その中に一回コマーシャルが入るのだが、その間で一つの話になっていて、一日二本の短編形式になっていた。
その話のタイトルまでは覚えていないが、何とか少年だったような気がした。話の中に一人の少年が出てきて、その少年が妖怪なのか主人公なのか、すぐには分からなかった。
話が始まってからすぐに少年がどっちなのかは分かった。主人公と思しき一人の男性が最初に出てきたのだが、その男性は子供ではなく、どうやら木こりのようだった。木こりはいつものように山に入って木を切っていたのだが、そのうちに雨に降ってきた。普段にはないような猛烈な雨で、あれよあれよという間に、土の部分が水溜りと化していた。
「こりゃあ、たまらん」
とばかりに、男は雨宿りの場所を探そうと必死になっている。
前方が見えないほどの激しい雨で、しかも雨の装備などまったくしていなかったので、目を開けることも困難なくらいになっていた。
勝手知ったる山の中とはいえ、さすがに前が見えないまま闇雲に雨宿りの場所を探そうとしたのだから、自分のいる場所が次第にどこなのか分からなくなる。雨は次第に小降りになっていき、視界も晴れてくるようだった。
――どれくらいの時間が経ったのだろう?
まず男は時間のことが気になったようだ。
前が見えるようになってくると、すでに雨宿りの必要がないほどに雨が止んできていた。すると次に感じたのが、
――俺はいったいどこにいるんだろう?
という思いだった。
男はまず、空を見上げる。木々の隙間から空が見えるが、すでに空は晴れていて、雲はほとんどないような状態だった。
「いったい何だったんだ?」
今度は声に出して呟いてみた。
すると、呟いただけのはずなのに、こだまが返ってくるのを感じた。
――よほど空気が透き通っているんだろうな?
とまた独り言を言ったが、男にとって空気が透き通って感じることはそんなに珍しいことではなかった。
今までにも何度か、いきなりのにわか雨に遭遇したことがあり、その時も晴れ上がった空を見上げて、透き通った空気を感じたことがあった。今感じているのは、その時のデジャブであった。
ただ、今までとは明らかに違っていた。
――どこが違っているんだろう?
男は考えてみたが、すぐには分からなかった。
ただ、自分が今どこにいるのか分からないという事実が今までとは違っていることだけは間違いないようだった。
男はとりあえず正面を向いて歩くことにした。少なくともその場所は、男にとって知っているといえる場所ではなかったことに間違いはなかった。
少しずつ歩いていくと、知っているところに出てくるだろうという思いもむなしく、どうも知らないところに迷い込まされているかのように思えた。
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次