「あの世」と「寿命」考
「ええ、そうだと思うわ。でも私はその人に気付くことができるかどうか自信がないのよ」
と裕子がいうと、
「それは相手も同じなんだって思うわよ。楽しい夢の続きを見ることができないのと同じ発想なのかも知れないわ」
「どういうこと?」
「楽しい夢の続きを見ることができないわけではなく、楽しい夢を忘れてしまっているので、もう一度続きを見ることができても、それがあの時の続きだって気付かないのよ。それが夢と現実世界の間に敷かれた結界のようなものなんじゃないかって私は思っているわ」
と綾子は言った。
「そう考えると、私がその人に出会ったという思いは今は持っているけど、実際にその人に出会うまでにその記憶は消えているということよね」
「ええ、それもきっと再会したその瞬間に消えてしまうんじゃないかって思うのよ」
「どうして?」
「その方が話としてはインパクトがあるじゃない」
と言って、綾子は笑った。
綾子はこんなところで冗談を言うような女性ではないはずなのに、そんな言葉を口にしたのは、きっと裕子にはこの言葉が冗談では聞こえないと感じたからだと思っている。
綾子は、あっけにとられている裕子をよそに話を続けた。
「あの世を経由せずに、この世で生まれ変わった人は、生まれ変わるのは人間に確定なんじゃないかって思うの。もしあの世に行ってしまえば、生まれ変わるのは人間とは限らない。動物だったり、植物だったりするんじゃないかしら? それを決めるのが、天国だったり地獄だったりするその世界を仕切っている人なんじゃないかしら?」
というと、
「人とは限らないでしょうけどね。天国なら神様だし、地獄なら閻魔大王というべきでしょうね」
という言葉を聞いて、綾子は何かに閃いたように、
「そうだわ。あの世って本当に天国と地獄の二種類だけなのかしら?」
「どういうこと?」
「さっき話したように、死んだ人が皆あの世に行くとすると、生まれ変わりという発想がないと、あの世は溢れてしまうと言ったわよね。でも、あの世が二種類だけではなく、もっと他に存在しているとすれば、生まれ変わりという発想は、根底から覆るのかも知れないと思ってね」
「じゃあ、他にどんなあの世があるというの?」
と裕子に聞かれて、少し考えていた綾子だったが、
「これは前に本で読んだことだったんだけど、あの世というのは、宇宙にあるんじゃないかっていう発想だったわ。あれはSF小説だったんだけど、面白い発想だと思ったもの」
この話を聞いて、裕子も自分が綾子の話のペースに引き込まれるのを感じた。
――それでもいいんだ――
主役は綾子でも自分も参加していることに裕子は満足していた。
「宇宙だったら、果てしないものだもんね。死んだ人が宇宙のどこかに行くとすれば、分からなくもないわ。でも、そうなると、生まれ変わりという発想はありえなくなってしまうかも知れないわね」
「ええ、だから天国と地獄という発想の場合は生まれ変わりは必須なんだけど、宇宙という発想になると、生まれ変わりはありえないということになる。両極端だよね」
確かに両極端ではあるが、極端な発想が却って今までになかった自分を掘り起こすことができるような気がしてきた。
「でもね、どっちが正しい。どっちも間違っているという発想も極端なのよ。どちらも融合できる考えなのかも知れないでしょう? 宇宙は三つ目のあの世だっていう発想ね」
「じゃあ、生まれ変わりたくないと思う人が宇宙に行くということ?」
「そう、孤独を望んだ人が行くところかも知れないわね」
「そんな人っているのかしら?」
「私はいると思うわよ。この世の人との関わりにウンザリして、死んでからはずっと一人でいたいと思っている人もいるかも知れない」
「信じられないわ」
と裕子がいうと、
「いや、裕子も心のどこかで孤独を悪いことではないと思っているはずなのよ」
「どうしてなの?」
「それは私を話をして理解できているからよ」
「綾子は孤独を望んでいるの?」
「ええ、そうよ。あの世に行った時は、孤独がいいと思うわ」
「どうしてなの?」
「だって、人間、いや動物というのは、元々が孤独なんだって思うの。それなのに、この世で生きている時は、『人は一人では生きていけない』って教えられる。だから孤独は悪いことのように言われているけど、本当なのかしらね?」
綾子の考えは極端に思えたが、理に適っているような気が裕子にはした。
「確かにそうかも知れないわね。この世では言われていることが真実のように思われるけど、実際に言い伝えられてきたことだって、実際には違ったりすることが多いのも事実、それまで信じられてきたことが間違いだとすると、それを否定しなければいけなくなって、必要以上に否定を強くするものですものね。そう考えれば、何を信じていいのか分からなくなるわ」
裕子の言う通りである。
「だから、最後に決めるのは本人なのよ。本人の責任において決めることなので、誰にも否定はできない。でも、そのためにどうなるかは、本当に自己責任になるのよ」
「ちょっと怖い気がするわね。だからこの世では、一人では生きていけないと言われているのかも知れないわね。そして共同生活をするんだから、そこには一本筋の通ったものがなければ統制が取れない。そのために何が正義で何が悪なのかをハッキリさせなければいけない。そして、決まった正悪に対して守らなければいけないという戒律が必要になる。ただの戒律だけでは不十分で、そのために、あの世として天国と地獄という正反対の世界を作った。いいことをすれば天国に行けて、悪行をすれば地獄に落ちるってね。あの世の創造というのは、案外そんなものなのかも知れないわね」
裕子は淡々と話した。
裕子としては、綾子の言いたいと思っていることを代弁したつもりだった。綾子は黙って聞いているだけで、それに対して何も意見を言わなかった。裕子は綾子が理解して、納得したのだと思っていた。
「でも、どうして天国と地獄という発想が生まれたのかしらね。誰が天国と地獄を創造したっていうのかしら? 宗教によっていろいろなあの世が存在していると思うんだけど、当然、天国と地獄という発想ではない宗教もあるんじゃないかって思うのよ。『人は死んだらどうなる』というテーマはそれぞれの宗教で持っているんだろうけど、私たちが知らないだけなのかも知れないわね」
と綾子が言った。
「あの世って、本当に天国と地獄だけなのかしら?」
裕子が呟いた。
「私たちの知っている宗教で考えて、天国と地獄以外に別のあの世が存在しているかも知れないということ?」
「ええ、私はあると思うの。たぶん、綾子もそう感じているんじゃない?」
と言われた綾子は、ニッコリと笑った。どうやら裕子には綾子の言いたいことが少しだが分かっているようだ。
「私は、そこが本当の孤独になれる場所だって思うのよ」
「それは宇宙のような世界ということなのかしら?」
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次