「あの世」と「寿命」考
最初はどうしてそんな関係になってしまうのか分からなかったが、考えているうちにその理由が分かってきた。
――私の中で、無意識に裕子とその人を比較してしまっていたんだわ――
冷静に考えれば、すぐに分かることだった。それなのに気付かなかったのは、自分の中で、
――相手を誰かと比較することはタブーなんだわ――
という意識があったからだ。
そんな意識を持っている自分が、まさか無意識に誰かと誰かを比較するなどありえないと思っていた。そのことに気が付いた時、最初はいつものようにまずは自己嫌悪に陥るのではないかと思ったが、そんなことはなかった。だた、無意識だったことに対して、その理由を考えようとするのだが、どうしても分からないことに憤りを感じる自分がいた。そして、こんな憤りを感じさせた原因が、
――女の子だったら、仲良くなれると思った――
と感じたことであると理解した時、納得はできないが、自分が裕子以外の女の子と仲良くなりたいなど思ってはいけないのだと思うのだった。
またしても、理解はできるが納得のいかないことにぶつかった。綾子はこれからどれほど同じような気分になってしまうのか、ずっとそのことが頭から離れないのではないかと思うようになっていた。
――無意識って、自分に都合のいいことなのか、それとも都合の悪いことなのか、どっちなんだろう?
と考えるようになっていた。
無意識の中には、
――知らぬが仏――
と思えることもあるが、それだけではないような気がする。綾子はその答えは裕子との会話の中にあるのではないかと思っていた。
あの世のこと
綾子が最近見る夢は、半分忘れてしまっているが、何となくだが、どんな夢だったのか、少しは覚えていることが多い。その夢というのは、
――あの世――
というイメージのものが多く、天国と地獄の夢を交互に見ているように思えていた。
これまであの世のことについて意識したこともあったが、夢に見たという意識はなかった。小さな頃に最初に感じたあの世へのイメージは、どこかの神社の祠にあった地獄絵図だった。
ハッキリと見た時期までは覚えていないが、確かに母の田舎だったように思う。祖母がまだまだ元気だった頃で、一緒に散歩に出かけた時に初めて見せられた気がした。その時は大きな額に描かれた絵の大きさに度肝を抜かれたこともあって、恐怖の半分はその大きさにあった気がする。祖母がどうしてそんな絵を見せたのか分からなかったが、子供には衝撃の大きかったことに間違いはないだろう。
「綾子ちゃんはこの絵を見たことを、ずっと忘れないでいるような気がしてね」
と祖母は言ったが、正直、こんな怖いものを見せられて嬉しい気分になるわけもないので、祖母の真意がどこにあるのか分からなかった。
「ここに来たことはおばあちゃんと綾子ちゃんの二人だけの内緒だよ」
「どうして? お母さんにも言っちゃダメ?」
「ええ、ダメ。特にお母さんには言わない方がいいわ」
「お母さんもこの絵を見たことがあったの?」
「ええ、あったわよ。でもおばあちゃんが見せる前にお母さんはこの絵を見ていたみたいなの。だから、最初におばあちゃんがここにお母さんを連れてきた時、少しビクビクしていたのが分かったわ」
「お母さんも見たんだ」
と子供の綾子が言うと、
「ええ、今の綾子ちゃんと同じくらいだったかしらね。お母さんは、どうしてこの絵がここにあるのかって、そのことをおばあちゃんに聞いたのよ」
「おばあちゃんは何て答えたの?」
「こういう絵はここだけに残っているものじゃなくって、全国にはたくさん似たような絵が残っているのよって答えたわ」
綾子は少し解せなかった。
「それは本当なの?」
「ええ、ただ、ここのように祠に展示する形になっているのは少ないかも知れないわね。それぞれの神社で、宝物のような形で残っているものはたくさんあると思うの。実際に隣の村にある神社では、宝物として残っていると聞かされたことがあったわ」
「その宝物は、見ることができないの?」
「ええ、一般的には見ることはできないの。だから宝物として保管されていて、その神社の言い伝えとして、一般公開をしてはいけないということになっているらしいのよね」
「じゃあ、その神社でだけ言い伝えられているということなの?」
「そのようね」
「じゃあ、同じようなものかどうかって分からないじゃない。見たことはないんでしょう?」
「ええ、おばあちゃんもここ以外の地獄絵図は見たことがないわ。もっとも、おばあちゃんはそんなに行動範囲が広くなかったので、他の村には行ったりしたことがなかったからね」
「それなのに、どうして同じような地獄絵図だって思ったの?」
「だって、言い伝えられている地獄というのは、そんなに種類のあるものではないでしょう? 少なくとも言い伝えられているもの以外が保管されていれば、誰かが言い伝えに何かを言うような気がするのよね」
その言葉に綾子は子供ながらに違和感を感じた。
――どうして、そんなに簡単に信じちゃうの?
と感じた。
そして、それをどう聞こうかと考えていたが、
「神社で誰にも見せずに保管しているということは、言い伝えと違っているから公開できないものだって私は思うんだけど、違うのかしら?」
と綾子が言った。
「そうかも知れないけど、地獄絵図のようなものは、怖いものだというイメージもあるけど、どうしてそんな怖い世界が存在しているのかということを考えると、この世への戒めのように感じたのよね」
「戒めって?」
「この世で悪いことをしていると、あの世に行った時は、こんな怖い世界に行かされてしまうということよね。だから、なるべく一般には公開しないようにして、神社だけで家法のようなものとして保管しているのよ」
「それって、神社の人にしか分からないということよね? 他の人は知らなくてもいいことなの?」
「昔はそう思っていたのかも知れないわね。要するに神様を信じていたり、神社を敬う人だけがあの世でも極楽に行けるという意味で、そういう人だけには戒めを与えることで、神社にかかわっている人だけが極楽に行けるという考えなのかも知れないわね」
「それって自分たちだけがよければそれでいいっていう考えなんじゃない?」
「その通り、昔は今と時代が違うのよ。すべての人間を救うなんて今も昔もできっこないのよ。救われるのは選ばれた人だけということになる。今の綾子ちゃんにはまだ分からないかも知れないけど、少しずつ成長していく中で分かっていくことになると思うわ」
祖母の話は分かったようで分からなかった。話が難しすぎるというのもあるが、どうしても解せない思いが強かったからだ。
「学校では、世の中に生きている人すべてが平等にできているって習ったのに」
というと、祖母は少し苦笑いをした。
「確かに学校ではそう教えるわよね。でもおばあちゃんは、そんなことはありえないと思っているの」
「どうして?」
作品名:「あの世」と「寿命」考 作家名:森本晃次