短編集47(過去作品)
本音と建前も、ある意味では裏表である。照れ臭さからの本音と建前は、女性である以上今までにもあった。それは間違いではない。それを裏表とは違うのだという気持ちが強かったのは、どこかで自分を正当化させたかったからだろう。
旅先の夢では欲望を爆発させるような夢だったり、昔の思い出の夢だったり、普段は見ないような気が大きくなった夢だったりが多い。
修学旅行では男性に抱かれる夢を見て、自分に対する羞恥で誰にも話すこともできずに一人で悶々としたものだ。
その頃はまだ男性というものを知らなかった。中学時代の修学旅行ではそれほど感じなかった他の人と同じ部屋で寝ることも、高校三年生になっての修学旅行では、何か威圧感を感じていた。
今から思えば自分が変わったのではなく、まわりの女の子たちが皆「オンナ」になっていたのを感じていたからかも知れない。どこが違うのかと聞かれればハッキリと答えられないが、匂いや雰囲気、仕草がすべて違っているはずなのに、それを感じさせないような雰囲気が部屋には充満していた。感じさせないようにすればするほど違和感は夢の中に集約されていたのかも知れない。
夢に出てきた男はまったく知らない男だった。知らない男であるはずなのに、見覚えがあると感じたのは、目が覚めてから見た男性のイメージが夢の中でダブってしまったからだろう。夢で見た顔を覚えているわけではないのに、夢の中での行為だけは生々しく覚えていた。
知らない顔がシルエットになって孝子を抱きに来る。身体が二まわりほど大きな男性で、もし抵抗していたとしても、ひとたまりもないに違いない。もとより抵抗する気もないのでなすがままにしていたが、男の力に蹂躙されていることがどれほどの屈辱かは分かっている。
――抵抗さえしなければ蹂躙にはならないのだ――
と考えていた。
相手の顔が分からないことは幸いだった。もし嫌なタイプの男性であれば、どんなに抵抗しなくとも蹂躙されていることになるからだ。孝子は快感が襲ってくる気がして目を閉じた。そして気がつけば目が覚めていたのである。
旅に出ると、修学旅行で見た夢と、それ以降に初めて男性に身を委ねた時の記憶が入り乱れたような夢を見る。欲望の続きがまるで修学旅行の時の夢が昨日の夢の続きでもあるかのように鮮明なくせに、意識としては、
――昔の夢――
と不思議な感覚に襲われるのであった。
奈良からの帰りの新幹線で見た夢は、また違った夢だった。
自分が心底、清正を好きになったのではないかと思える夢でもあった。
ウエディングドレスを着ている孝子、夢にまで見たドレスである。目の前にはタキシードを着た清正、これだけで結婚式の夢であることは明白だった。
孝子は夢の世界と現実の世界との違いを比較的早く感じることができる。
――これは夢なんだ――
夢の中でいつも感じている、だが、早く夢を見ていると感じるということは、それだけ夢を夢として楽しめないということでもある。怖い夢の時はいいのだが、得てして最近は怖い夢を見ることもなくなった。夢を見ているという意識があるからかも知れない。夢の世界と現実の世界を結ぶ鍵は、意識できるかできないかに掛かっているといっても過言ではないと思う孝子だった。
結婚というものに対し、孝子は独特の考えを持っていた。独特だとずっと思っていたが、考えてみれば誰もが考えそうなことである。
――灯台もと暗し――
とも言うが、もっとも目に付きやすいものが一番見つけにくいという心理学にも共通していることかも知れない。
結婚には適齢期というものがある。同じ時代に適齢期を迎える男と女、それが出会って愛し合って結婚する。
しかし、本当に気が合う男女の出会いなどそれほど転がっているものなのだろうか。所詮人が生活している範囲もそれほど広くなく、出会うとしても、仕事上がほとんどで、出会いの場にでも行かないと積極的にはなれないだろう。
特に孝子のように引っ込み思案な性格な女性は、軽い男性には惹かれたくないと思ってしまう。積極的な男性が軽い男性だとは一概には言えないが、一般的にそう感じられる。特に出会いのパーティにはその傾向が強いだろう。決して自分から出向いていくなどということはないはずだと思う孝子だった。
偶然の出会いの中にこそ、相手を見つめる目が養える。清正との出会いはまさしくそうであった。結婚式の夢を見てしまったのは、清正を以前から知っていたような気がしたからかも知れない。今まで夢に出てきた男性で、目が覚めてからハッキリと出てきた男性が誰だったかということが分かったのはこの時が初めてだった。
孝子の夢にはもう一つ特徴があった。これは旅行に出た時とは限らないが、先読みする夢を見ることだった。
予知夢というのを聞いたことがあるが、それとは違っている。予知夢は、夢で見たことが現実になるという意味では似ているが、孝子の場合、夢から覚めた瞬間に、
――将来のことを夢に見てしまった――
と感じるのである。
予知夢の場合は、現実に起こった時に、
――これは以前に夢で見たような――
という感覚に襲われるのだが、孝子の場合は、さらに早い段階で分かる。却って予知夢よりも幻想的な感じなのに、現実的に感じるのはなぜだろう。孝子は普段物静かな性格なのに、夢の世界ではいつでも自分が主人公でありたいと思っているのだろう。
実際に結婚という話はとんとん拍子に進んだ。さすがに付き合い始めるまでは、お互いに意識しすぎていたのか、旅行から帰ってしばらく掛かった。それだけにお互いの気持ちが熟していたのかも知れない。
気持ちが熟す期間が同じようにお互いで進行していたのだから、相手の気持ちが分かってからは早かった。
――これこそお互いに気持ちが通じ合っている証拠なのね――
と孝子は感じたが、同じ思いを清正がしていることを信じて疑わなかった。
「あなたを見ていると、まるで自分を見ているように感じるわ」
「俺もさ」
プロポーズをされた時の返事だった。相手の中に自分を見ることが果たして本当に結婚相手としてふさわしい人なのかどうかは疑問ではあるが、少なくとも今現在では彼以外のことは考えられない。そして、将来に至ってもこの気持ちは変わらないと感じたからこそ、結婚に踏み切ったのだ。
結婚式は春に迎えた。
ちょうど旅行も春だったことを思い出している。知り合ってから付き合い出して結婚に至るまでに、四季を乗り越えてきた。春夏秋冬、それぞれの時期の彼の顔の思い出をしっかりと持ったまま、孝子は結婚に踏み切った。
彼は仕事でもまわりの人をうまく使うポジションにいる。
「指揮をすることをコンダクターというが、俺の仕事はそんなところかな」
あまり自慢をしないと思っていた清正がこのことだけは自慢する。自慢することをあまりいいイメージで思っていなかった孝子にとって、
――-人は誰でも一つは自慢できることがあって、それを口に出して言えることというのは素晴らしいことだ――
と初めて感じることができた。
――これから私も彼に指揮されるのね――
これからの自分を想像して、
――それも悪くはないわ――
と彼への信頼が全幅であることを感じていた。
作品名:短編集47(過去作品) 作家名:森本晃次