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短編集47(過去作品)

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 旅行に来たのは、気持ちに余裕を持ちたいという思いがあったからだが、余裕を持つということは、実直な性格である孝子にとっては大切なことである。裏表がないということは、それだけアイドリング部分がないということで、余裕がなければ、ちょっと力を入れただけで、どちらに余計な力が入るか分からないハンドルに似ている。一歩間違えれば大変なことになってしまうことを自覚していた。
 その日、清正は営業の仕事が詰まっているようだった。
「あの、お食事でもご一緒できればいいと思うんですが」
 この言葉を発するまで、どれほどの勇気が必要だっただろう。これが旅先でなければ口にできなかったに違いない。
――旅の恥は掻き捨て――
 と言われるが、それよりも、普段は仕事以外での話をしたことがなかったことが頭から離れなかったからだ。
「ああ、ごめんなさい。営業の仕事が詰まってるんですよ。戻ってからご一緒できれば私も嬉しいですね」
 勇気を出して話してみてよかったと感じた。
――口に出さなければ何も始まらない――
 すべては会話から始まる。それは分かっていることなのだが、どうしても躊躇してしまう。持ちたかった勇気の片鱗でも見せることができて、食事を一緒にできないことは残念だが、孝子自身は満足していた。これだけでも旅行に来た目的の半分は満たされたのかも知れない。
 予定の観光を最初に考えていたのとそれほど変わることなくこなした孝子は、ある程度の満足感を持って帰途についた。
 学生時代までのような寂しさは感じない。
――どうしてあの頃はそこまで寂しさを感じたんだろう――
 不思議に感じながら、走りぬける車窓を眺めていた。
――時間に対しての気持ちが今と違っているからに違いないー―
 学生時代の時間に対しての考え方というのは、その時々を気にしていた。社会人になると、ある程度時間や日にちというものに関して曖昧な感覚を持つようである。
 会社での仕事は、確かに日々処理に追われているが、それよりも一週間、一ヶ月単位でもそれぞれのサイクルを持っている。いくつも仕事をしている上で時間の感覚を持たなければならなくなれば、それだけ時間に対する感覚も麻痺してくるのではないだろうか。
 学生時代というのは、それほど時間に対しての確固とした感覚はない。それだけに一日一日に搾っていればそれが自分の中での感覚になるのだ。
――日々を大切にする――
 すべて一日を基準に考えていた学生時代は、無意識に時間を大切にしていたのだろう。すべて同じ感覚での大切さである。だからこそ、一日一日が短く感じられれば、それだけ次の日が、
――果てしなく長く感じるかも知れない――
 という不安が募ってくるのだ。旅行だって、
――次はいつ行けるか分からない――
 と次のことをどうしても考えてしまう。次のことを考えると不安はさらに増してくる。寂しさはそこから襲ってくるのだった。
 しかし、社会人になると、その感覚は逆である。
 未知の世界である社会人になることを、学生時代には必要以上に怯えとして感じていた。
――旅行なんて行けるような精神状態じゃなくなってしまうに違いない――
 と感じていた。短大に入ってからの実に短い期間で楽しもうと思うのは、その裏に社会人になった時の怯えが裏に潜んでいることだった。寂しさが募るのも仕方がない。
 社会人になってさすがに最初の一年は、自分が考えていたような怯えに匹敵するほど世界が違っていた。ある意味想像以上かも知れない。感じていた怯えと種類の違う感覚が、孝子を襲ったからだ。
――裏表を持った人が多い――
 学生時代は、本音を語り合う仲間が集まったものだが、社会人になれば、誰も本音を語ろうとしない。一人一人が自分の中での葛藤を演じながら、まわりとうまくやっている。そんな姿を見ることができた。
 元々実直な孝子にそんな起用なことができるはずもなく。やはり一人でいる。学生時代に人が群がっているのを見るとあまり気持ちのいいものではなく、
――いつかは皆一人になるんだ――
 と冷めた目で見ていたが、社会人になると、早くもその傾向が見えてくる。
 きっと皆馴染むのに大変だろうと思っていたのに、器用な人はしっかりと馴染んでいる。
「頭の切り替えさえしっかりできていれば、何てことないさ」
 と話している人もいたが、半分本音で半分強がりだと思っている。そこに裏表を感じるのは過剰反応であろうか。
 帰りは新幹線である。来る時は飛行機を使ったが、新幹線も悪くはない。元々列車の旅が好きな孝子だったので、違和感はないのだ。
 初めて新幹線に乗った時のことを思い出していた。
 今時新幹線など珍しくも何ともないのに、孝子の心は大いに興奮していた。
 初めて乗ったのは小学生の頃、母親に連れられて、親戚のお兄さんがケガをしたということでお見舞いに出かけた時だった。
 日帰りだったのだが、孝子にとっては、一日に往復の新幹線に乗れるということで嬉しい限りだった。あっという間の一日だったが、思い出としてもあっという間で残っている。当たり前のことなのだが、あっという間という記憶に対して釈然としない思いが残っているのも事実だった。
 それ以来何度も新幹線には乗っているが、考えてみれば、新幹線の中で眠ってしまったという記憶が多かった。
――揺れが睡魔を誘うのかしら――
 それは間違いないだろう。しかも新幹線での移動の時は、最低でも二時間は乗っている。一眠りするにはちょうどいい。
 奈良からの帰りもそうだった。
 新大阪を出てから米原くらいまでは記憶があるが、途中から眠ってしまったようだ。夕方の新幹線だったので、京都あたりまでは夕日に照らされた車窓を眺めていたが、すぐにあたりは暗くなり、表を見るというよりも窓に映った自分の顔を見ていることになってしまった。
――眠くなるのはそんな時が多かったのかも知れない――
 旅行の疲れも手伝って、揺れと静かなレールと車輪の音はまるで孝子にとっての子守唄であった。
 京都まではほとんどなかったトンネルも京都を出ると少しずつ増えてくる。それも大きな影響を与えたのかも知れない。
 眠ってしまうことは想像していたが、
――どんな夢を見るのかしら――
 と思っていたのも事実である。
 列車で眠ってしまうと、まず間違いない確率で今までは夢を見てきた。今回も夢を見るだろう。
 まず考えられるのは、旅先での夢、これは一番最近の記憶からよみがえるので考えやすいところだ。そして次は仕事の夢、これは毎日のリズムが身体に沁み込んでいるであろうから、これも当たり前のことかも知れない。そして、清正の夢。これは意外性と言っては語弊があるかも知れないが、
――一番見てみたい夢――
 というのが本音である。
――今、一瞬自分の中で本音と建前を感じてしまったわ――
 と思わず苦笑いをしてしまった。今までに裏表を感じたことなどないと思っていたが、少し修正しなければいけないかも知れない。
作品名:短編集47(過去作品) 作家名:森本晃次