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短編集47(過去作品)

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 実際にセールスに出向いて仕事以外の話で盛り上がることもないわけではない。だが、それでも清正だけは特別なのかも知れない。
 そんな清正と初めて表で会ったのだ。ちょうど、太陽を背にして立っていたので、逆光になっている。顔がハッキリしなかったのは無理もないが、声だけは聞き覚えがあった。
 それでもまさか奈良で会うはずもないと思っていただけに、声だけではピンと来なかった。
 もし清正以外のルートセールス先のお客さんであったらどうだろう?
――ピンと来たかも知れないわ――
 根拠があるわけではないが、漠然とそう感じた。
 いつも会社での会話を頭に思い浮かべているから、彼のことは、彼の事務所という狭い範囲でしか考えられない。それだけ集中して彼を感じていたのかも知れないと思うと、さらに彼に対してどのような感情を持っていたのかということを、改めて感じさせられるのである。
「僕は大学時代、旅行が趣味だったんですよ。やっぱり、歴史が好きな父親の血を引いているせいか、名所旧跡には興味がありますね。あなたはいかがですか?」
 孝子の両親は、歴史的なことには疎く、現実的なことの方に興味があった。その反動からか、孝子は歴史にロマンを抱くようになったというのは大げさだろうか。
「学生時代にいろいろなところに行かれたというのは、いいことですよね。私はあまりどこも行きませんでしたわ」
「旅の思い出というのは、後になってだんだんと盛り上がってくるものなんですよ。子供の頃などは翌日が旅行だというと夜も眠れないくらいに興奮しましたよね。そのせいか帰ってくるときは寂しさがこみ上げてきて、胸が張り裂けそうになるくらいでした。でも、大学生くらいになると、今度は出かける時にそれほどの興奮はないんですけど、帰ってくる時もそれほどの寂しさを感じないんです。後から思い出して、思い出に浸れるからなのかも知れないですね」
 子供の頃から熱しやすく冷めやすいと思っていた自分を顧みると、清正の話は分からなくもない。
――いつの間に、感情を表に出さなくなったんだろう――
 まわりに暗いイメージを与えていたのは、熱しやすく冷めやすい性格を悟られたくないという気持ちの裏返しだったのかも知れない。興奮してもその矛先がハッキリとしなかった小学生時代、表に感情を出すことに躊躇があったのだ。
 今の孝子もそうである。
――もし、本気で人を好きになったら、どうなってしまうのだろう――
 今まで本気で人を好きになったことはない。
 短大の頃、合コンにはよく誘われた。明るい雰囲気の中には孝子のようなあまり目立たない女性が一人いることで保たれる雰囲気が存在するものだ。そのことを一番分かっているのが孝子だった。
「利用する人よりも、得てして利用される人の方が冷静に物事を見れるものなのよ」
 テレビでやっていた二時間もののサスペンス、なぜか波が荒れ狂う断崖絶壁にての刑事と犯人の謎解きシーン、その時の犯人の女性のセリフである。
――犯罪が暴かれてしまうまであれだけシラを切り通していたのに、裁判で覆せそうな証拠を突きつけられて、よくあれだけ神妙に自供できるものだ――
 と感心したが、それだけ現実味を感じないからかも知れない。
 テレビを見る時の孝子は、主人公に自分を置き換えて見ることが多いが、結構現実的に見ているものだ。
――こんなに簡単なものなのかしら――
 犯罪者の心理は分からないまでも、冷静に見れなくなる自分を戒めているようである。
 奈良に出かけたのは、時々冷静になりすぎて何も感じられなくなることが自分の中で躁鬱症を生んでいるのではないかと思ったからだ。環境を変えるには、歴史のロマンに触れたいという、親に対しての反発心を思い出したからだった。
「京都ほどではないけど、奈良には四季折々の季節感を感じさせるものがあるのよ」
 大阪に近いという意味では京都と似ているが、大阪、京都は神戸と並んで三都と呼ばれるほど密接である。しかし、奈良はまったく違っているところに共感を感じる。
――途中に生駒山があるからかしらね――
 間違いではないだろう。
 きっと生駒山の山頂から大阪側と奈良側を見たら、違いが一目瞭然かも知れない。もちろん人によって感じ方もさまざまではあるが、少なくとも、奈良側に歴史を感じるに違いない。
 奈良に旅行に来たはずなのに、大阪にも行ってみたくなった。都会としての大阪を味わいたいという気持ちではない。古都奈良との比較として都会としての大阪を見てみたいという感覚である。
 奈良から大阪までは一時間も掛からない。大阪のミナミの繁華街までは乗り換えなしで行けるくらいだ。夕方に奈良を発ち、夜遅くに奈良に帰ってくるつもりだった。それが清正に出会う前の日だったのだ。
 元々大阪から奈良に入ったはずなのだが、反対に奈良から大阪に入るのがどんな気持ちかを味わってみたかった。
 夕方の奈良は素敵だった。沈む夕日を眺めながら駅へと向かうと、このまま奈良にいたいという気持ちになったが、まだ来て初日だったので、それは明日以降のお楽しみと思うことにして、夜の大阪を見ることでさらに奈良の素晴らしさを感じたかったのだ。
 大阪に降り立つと、想像していたような喧騒とした雰囲気を見ることができる。それはまさしく孝子にとっての現実、場所こそ違え、いつも生活している場所と雰囲気の違いが感じない。
 だが、人種が違う。喋り方のアクセントが違えば、性格も違って見える。まったく知らない土地に一人でいるとまわりが賑やかなだけに、取り残された気分にさせられた。
 ネオンの眩しさが軽い雰囲気を感じさせるが、実際にはそこに住んでみないと分からない重たさがあるに違いない。
 元々孝子も田舎から出て都会に住んでいる。最初から、
――都会というところは一筋縄ではいかない――
 という先入観で見ていたので、想像以上のプレッシャーやストレスがあったことだろう。だが、遊びの一貫でやってきた大阪は、ほとんど先入観がないため、想像どおりという雰囲気が自分の中でまったく知らない土地として映るのである。
 奈良で感じた春という季節、大阪の夜にはまったく感じられない。時間の感覚さえ麻痺してしまいそうだ。
 行き交う人々が会話をしている。その言葉が入り混じってさらなる喧騒を呼び起こす。孝子の行動範囲である今住んでいる街にも言えることではあるが、どこかが違う。やはり人種の違いを感じるからだろうか。
 遠くの方で喧嘩でもしているのか、奇声が聞こえてきた。狭い範囲に犇くように立ち並ぶビル群、そして、それを縫うように走っている道路の上には都市高速があるため、道路で音がすればまわりには騒音としてしか響かない。オートバイの轟音は、まさしくそお典型であろう。
 空気が奈良とは違っている。重たい空気に、何かが入り混じって知らず知らずに行動を粛清させられるようである。大阪独特なのか、それとも眠らない街の特徴なのか、孝子には耐えられるものではない。
 有名な道頓堀の出会い橋、それだけは見ておきたかったので、我慢して繁華街を歩いてきたが、出会い橋に到着して感じたのは失望感以外の何者でもない。
――写真などで見るのと大違いだ――
作品名:短編集47(過去作品) 作家名:森本晃次