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短編集47(過去作品)

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 一つのイベントであることには違いない。皆集団催眠に掛かってしまっていて、一人の男性が選ばれていたのだが、皆自分が選ばれて同じことをされているという意識でいるのかも知れない。
――皆一度は経験があるんだ――
 と感じた。それもスナック「エンジェル」の中でとは限らない。今までの経験で似たような思いがあって、それを思い出すことで自分も催眠に掛かり、個人個人がその場の雰囲気を盛り上げていたのかも知れない。
 三宅自身も似たようなイメージを思い出したではないか。皆そのイメージを抱きながら催眠術から冷めるのだから、それぞれに会話の内容は豊富なはずである。
「次はきっとこの俺さ」
 と思っていて、それを口に出している人だっているに違いない。ハプニングという表現が正しいかどうか分からないが、その場の雰囲気が一瞬にしてまったく変わってしまったのである。ハプニングという表現がピッタリであることには違いないだろう。
 後を追いかけてみると、彼女は二階建てのボロアパートに入っていった。
――まさかここが彼女の住まいなのか――
 と意外なイメージだった。
 確かに着飾っていたわけではないが、妖艶な雰囲気を逝かんなく醸し出していた彼女の雰囲気にボロアパートはあまりにも似合わない。
 二階に住んでいるらしく、上がっていく階段の音がヒールで「カツンカツン」と乾いた音を響かせていた。
――やはり似合わない――
 築何十年経っているのか分からないほどのボロアパート、三宅が中学時代に住んでいた友達の家に遊びに行って以来なので、中の雰囲気は想像がつかないまでもないが、ハプニングを引き起こす女性の雰囲気からは、まず想像できるものではない。
 玄関の中に入った彼女を見送って、三宅は急いでアパートの反対側まで歩いた。歩きながらアパートをじっと見つめていたが、見れば見るほど、見覚えがあるアパートに思えてくる。
 反対側に出てくると、電気は彼女の部屋だけについていた。その明かりがボロアパートにしては明るすぎる気がするくらいであった。それだけまわりが暗いことを示しているのだろうが、明るいだけで、温かみを感じないのはなぜだろう。
 ずっと見ていても仕方がないので、踵を返して家に帰ることにした。また玄関方向に回り込んだが、ちょうどその時、玄関を上がる靴音が二つ響いているのに気がついた。
 一つはハイヒールの響く音、もう一つは普通の革靴の音のようだ。静寂をついて聞こえてくる会話は、きっと賑やかなところでは聞こえないと思えるほどボソボソとしたものだったが、急に女性の渇いた笑い声が響いたが、その声は思ったよりも通りのいい声だった。
――男としてはたまらない声だな――
 会話ではボソボソとハスキーな声だったが、本能から出る声は男心を刺激しそうな声であった。笑い声一つでそこまでの判断がなぜその時できたのか、自分でも分からない三宅だった。
 階段を上がっていく二人連れの男女は新婚ではないだろうか。楽しそうにしているのは後姿を見ているだけでよく分かる。決して派手ではないが、ボロアパートに新居を構えるような二人には見えない。何か理由があるのではないだろうか。
 そんな時に思い出したのが、中学時代の時のことだ。
 中学時代に遊びに行った時、友達の部屋で何度か泊めてもらったことがあった。恥ずかしくてとても誰にも言えなかったが、友達だけは気持ちが分かってくれていたかも知れない。
 これに関しては嫌だと思う人、嵌まってしまう人のどちらかなのだろう。友達は嫌がっていたのは目に見えて分かった。三宅が泊まりに来たいと言った時、
「うんうん、どんどん泊まりに来てくれよ」
 と言っていたのは、一緒にそばで寝ている人がいると思っただけで気持ちが落ち着いたからに違いない。
 ちょうど友達の部屋の隣にも若い夫婦が住んでいた。新婚だったかどうかは分からないが、いつも派手な恰好をしていて、女性は赤い色の服を好み、男もアロハシャツなどを着ていた。一目見ただけで、
――やばい人たちなのかも知れない――
 と思ったほどだ。
 その予感は半分当たっていたかも知れない。友達はそれを分かっていたが、引っ越すまでには至らない。父親が転勤族で、会社が与えてくれた住まいがそのボロアパートだったようだ。
「どうせすぐに転勤でまた他の土地に行くことになるのさ」
 と最後は開き直っていたが、
「今までにこれほど最悪なところはなかったよ」
 というほど、住まいもまわりに住んでいる人の環境も最悪だった。もし三宅が住むことになるとすれば、一週間もつかどうかだと感じたほどだ。
 それが何度も泊まりに行くのだから、それなりに理由がある。確かに自分の家ではないことが気楽に泊まりに行けた理由であるが、それだけではない。もし自分の中の本能というものに気付いたのがいつなのかと聞かれれば、
――その時さ――
 と答えるだろう。
 友達の部屋に最初遊びに行った時から、
「今日は泊まっていけよ」
 とやたらに薦めるのでおかしいとは思っていた。
「あんまり無理を言っては、友達に悪いでしょう」
 と友達の母親は言っていたが、それでもすぐに、
「でもうちはまったく構わないので、よかったら泊まっていらっしゃい。お母さんに話すならおばさんが話してあげる」
 と言ってくれたくらいだった。
――それではお言葉に甘えて――
 とばかりにおばさんに母親を説得してもらって泊まって行くことになった。
 ボロアパートではあったが、二LDKのアパートは三人で住むには狭くはない。いろいろポスターを貼ったり、模型を飾ったりしていればマンションの一部屋と遜色ないほどの佇まいである。
「思ったよりも快適だろう?」
「そうだね。いい感じかも知れないね」
「でも、それは今だからかも知れない。夏は暑いし、冬は寒くてね。結構大変なものなんだよ」
 と話してくれた。
 ちょうど梅の咲く頃で、時候的には最高だった。少しだけ寒さが残っていたが、三寒四温の時期で、泊まりに行く時期がちょうど暖かい日に当たったことも運がよかった。
 友達が引っ越していったのは、梅雨に入る少し前で、それまでの三ヶ月ほどの間に何度か泊まりに行っていた。母親も分かっていたことだろう。
「いつ転勤でいなくなるかも知れないだろうから、その間だけでもしっかり仲良くしておくのよ」
 と言っていた。だから、
「今日、泊まってくるね」
 と言っても、
「気をつけていってらっしゃい。いつも手ぶらじゃ申し訳ないので、これを持って行きなさい」
 と、時には田舎から送ってくれたフルーツなどを持たせてくれたほどだ。他の友達のところに泊まりに行くと言えば、こうはいかなかっただろう。
 最初に泊まることになった時、隣に誰が住んでいるか意識はしていなかった。夜日付が変わるくらいまでずっと話をしていたが、隣の部屋ではおばさんはすでに睡眠に入っていた。
「僕たちもそろそろ寝ようか」
「そうだね」
 と友達に即されなければ、夜を徹して話していたかも知れないと思うほど会話は楽しかった。
 部屋の電気が消され、暗闇とともに静寂が訪れた。
 すぐに軽い寝息が聞こえてきた。
――すぐに眠りに就いてしまうんだな――
作品名:短編集47(過去作品) 作家名:森本晃次