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短編集47(過去作品)

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――真っ赤なスポーツカーの似合う女性。助手席に座るのは本当に僕だけなのだろうか――
 と疑問に思っていたが、高校生に大学生の彼女という関係で、聞くことはできなかった。
 海の見える海岸までドライブに出かけ、帰りが夜になってしまった。元々それが彼女の計画だったのかも知れないが、砂浜になったところが大きな入り江のようになっていて、対岸には大きな遊園地が広がっていて、夜景がきれいだった。
「ここはデートスポットとしても有名なのよ」
 と言い、車を止めたところからまわりを見ると他にもたくさんの車が止まっているようだった。エンジンを掛かったままの車、エンジンを切った車、適当な距離を保って横一列に並んでいるようだった。
「今までにここに来たのは何回目なんですか?」
 来たことがあるとすればそれは誰となのかということまで聞きたかったのだが、
「ふふふ」
 と笑うだけで、それ以上のことは何も言わない。三宅が最初に想像していたいくつかの回答の中にはなかったことだったので、戸惑ってしまってそれ以上聞くことができなくなってしまったのだ。
 観覧車がイルミネーションで光っている。丸い円を描いている中でいくつの色で彩られているのか数えていたが、それを見ていると少しずつでも観覧車が動いていることが分かった。観覧車以外のイルミネーションがいくつもあるのに、観覧車しか見えていない。
 一つのことに集中するとまわりが見えてこない性格である三宅らしいところを表しているようだ。
 目は完全に一箇所しか見えていない。隣の彼女を意識していたはずなのに、集中しているのは観覧車のイルミネーションだけだった。そのイルミネーションを見ている視界を遮られた瞬間、ムッとした三宅だったが、遮る人は彼女しかいない。
「うむむ」
 一瞬口の中に暖かさと息苦しさを感じた。次の瞬間、柔らかな何とも言えないタバコの煙が口の中に広がるのを感じた。
――何が起こったんだ――
 イルミネーションを遮られ、ムッとしてしまった気持ちは一瞬で、身体から一気に力が抜けてくるのを感じる。まずは肩の力、そして腰、指先に軽い痺れとともに、汗を掻いてきていることに気付いた。
――唇が彼女の唇によって塞がれたんだ――
 と気がつくまでにかなりの時間が掛かったように思えたが、実際はあっという間だった。
 吸ったことなど一度もないタバコの味をすぐに理解できたのは、どうしてだろう?
 後から考えて理解できたようにも思えるが、やはりその時に彼女の唇であることに最初に気付いたのはタバコの匂いだと気付いたからだったに違いない。
 服を着ていても彼女の身体が熱くなっているのを感じることができた。きっと彼女にもその時に三宅が感じた以上の暖かさを彼女自身が三宅の身体で感じていたに違いない。
 痺れていた手の平が彼女の背中に回ったのは無意識だった。その前に彼女の腕が三宅の身体を蹂躙しているのに気付いていたかどうか、今となっては覚えていないが、
――蹂躙されたから、彼女の背中に手を回したわけではない――
 ということだけはハッキリと言える。キスをするということが無意識に相手の身体のすべてを感じたことだという気持ちになることを今ではハッキリと自覚している。
 相手の身体を貪るようなキスが、まさか自分のファーストキスになるとは思ってもみなかった。
 元々大人しめの女の子に興味を持っていた三宅だったので、相手は自分に逆らうことをしないような女性で、自分も相手を「お人形さん」のように大事に扱うというイメージを抱いていた。
――そんな女性にいきなりディープキスなどありえない――
 と感じるのは当然のことで、
――相手の身体を貪るような行為はまるで動物の本能のような行動だ――
 と思い、自分には絶対にありえないと思っていた。
 世間知らずといえば世間知らずだ。高校生なのだから必要以上なことを知ることもないのだろうが、知らなくてもいいことを知りたいという貪欲な気持ちもなかった。高校時代は普通の高校生で満足だと思っていたのだ。
 そんな三宅が女子大生に見初められるなんて、世の中何が起こるか分からない。それは三宅が身を持って感じたことだ。
「フレンチキスって言葉、聞いたことがあるでしょう?」
 キスの余韻が残った車の中で彼女が呟いた。まだ少し呼吸が整わない状態で、車の中に化粧の香りが充満していることに少し息苦しさを感じていたが、それが麻痺していた感覚が戻りつつある兆候だということに気付いていた。
 鼻の通りがよくなっていた。最初、車に乗り込んだ時、これほど化粧の匂いがきついとは思ってもみなかった。キスをされる時はまさしく匂いはおろか、五感のすべてが麻痺してしまっていたかのように気持ちが宙に浮いていた。胸の鼓動だけは結局最後まで残っていたが、意識は少しずつ戻ってきていたのだ。
「あるよ。でも、それって軽いキスのことですよね?」
 というと、鼻で笑ったように聞こえたが、それが何とも淫靡な声で、身体の芯を駆け抜ける何かを感じた。
「フレンチキスというのはね。濃厚なキスのことなの。相手の身体全体を貪るようなそんなキス……」
「さっきのようなキスのことなのかい?」
 少し返事が遅れたが、
「ええ」
 という答えが返ってきた。彼女のその時の表情は、遠くを見つめているようで、その視線の先にはさっきまで三宅が見つめていた観覧車があった。
――彼女には今観覧車のイルミネーションしか映っていないかも知れない――
 もしその時の三宅がファーストキスで動揺していなければ、もう一度彼女の唇を今度は自分から奪いに行ったかも知れない。いや、きっと行っただろう。後から感じたことだが、あの時彼女はそれを待っていたように思えてならない。
 胸の鼓動が収まってくると、さっきまであれだけ熱かった身体が冷えてきていた。最初はどんなに熱くとも汗がまったく出なかったのに、彼女が観覧車を見つめる頃になると、今度は汗が一気に吹き出してきた。吹き出してくるのを感じていると同時に意識が正常に戻ってきているかのようだった。
 車の中が暑くてたまらなかったのも次第に、暑さが引いてくる。いつの間にか化粧の匂いも薄れてきて、感じるのは冷えてくる汗の冷たさだけだった。
――あまり気持ち悪くないな――
 汗を一気に掻いて、それが冷えてくると気持ち悪さを感じるものだが、なぜかその時は気持ち悪さを感じなかった。不思議な感覚はそのまま続いていたのである。
「今日のキスはあなたにとってどんな意味を持つんでしょうね」
 と彼女は語りかけたが、その言い回しには答えを期待している風には見受けられない。三宅も何と答えていいのか分かるはずもなく、彼女が期待していないことをいいことに、黙ってその言葉を聞いているだけだった。
「そうよね。あなたにとっては初めてのキスなんですものね」
 感慨深げに言われると、余計に、
――大変なことをしたんだな――
 という意識を植え付けられることになった。
「私も今日はどうしてこんな気分になったのか分からないのよ」
 と少し言い訳がましい態度だったが、
――ひょっとして、他に付き合っている人がいて、フラれたんじゃないかな――
作品名:短編集47(過去作品) 作家名:森本晃次