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時間差の文明

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 また、もう一つの説としては、戻ってこれるが、戻ってきた時には、必ず時間の歪みが生まれてしまう。それを何かの方法で辻褄を合わせようとする考え方だ。その話は、まさしく、
――浦島太郎――
 のお話になってしまう。
 竜宮城という別次元の世界に行っていて、戻ってきた時に、知っている人は誰もいない。つまり、時空の歪みに迷い込んでしまった形だ。
 それを調整しようとして、乙姫様からもらった玉手箱を開けることで、浦島太郎はおじいさんになってしまった。それこそ、時空の歪みを解消する「特効薬」ではないだろうか。
 浦島太郎の話が書かれた時代を考えると、そんなに昔から、本当に時空の歪みについて考えていた人がいるのかと思うと恐ろしくなる。
――昔に書かれたというが、本当は近代に誰かがおとぎ話として描いたものなのかも知れない――
 という憶測も成り立ってしまう。
 だが、逆に昔に書いたのだとすると、もう一つの説が浮かんでくる。
 それは、タイムマシンを完成させた人がいて、その人は最初から現代に戻ってくる気持ちを持たずに、過去に戻って、そのまま没したのではないかという説である。その人が浦島太郎の話を書いたのではないかと思うと、それなら辻褄が合う気はする。
 だが、ここには大きな落とし穴があった。
 その人が過去に戻ってそのまま没してしまうのであれば、
――その人には子供がいたのだろうか?
 という考えである。
 同じ時代に、その人の先祖が存在している。何代か後の子孫に自分がいるからだ。
 先祖と子孫が同じ時代に存在するということが、時間的な観念で存在できるのであろうか?
 雑誌では問題ないと書いているが、浩平はどうにも納得がいかない。他の話は、ほとんどが浩平の考えとほとんど変わらなかったが、この意見に関しては、考えが真っ二つに割れた感覚だ。
 浩平は、雑誌を読みながら唸ってしまった。
 最初は、理屈の辻褄を合わせる言い訳のような話に終始するのかと思いきや、浩平自身の深層心理にまで食い込んできそうな話を読んでいると、本から目が離せなくなってしまった。
 浩平は勉強が嫌いな時でも、いつも何かを考えているようなところがあったが、ここまで詳細に考えていたわけではないにも関わらず、結構次元の話や、タイムマシンのような、現在、過去、未来の関係について考えることが多かった。
 中には同じようなことを考えている友達もいて、時々会話に熱を帯びさせることもあったが、一人で考えている時の発想ほど、深く抉ることはない。それでも会話で熱を帯びたのは、忘れてしまわないように会話の中で考えを確認することが大切だと思ったからだった。
 ただ、これを学問として研究しようとは思わなかった。自分で考えている分にはいいのだが、これを科学的に解釈しようとは思わなかった。
 それよりも学問にしてしまうことが怖かったというのが本音かも知れない。
――突き詰めれば突き詰めるほど、抜けられなくなる――
 この気持ちが怖さに繋がったのだ。
 雑誌を読んでいる時間、そしてまわりの空間は、完全に浩平が占有していた。他に客がいないのは、そういう意味では幸いだったのかも知れない。
 もちろん、こんな話をできたのは、学生時代の友達だけで、
――こんなことを考えていることを知っている人など誰もいないだろう――
 と思っていたほどだ。
 だが、どこかで千鶴も浩平が考えていることを分かっているようだった。浩平ほどではないまでも、千鶴の方でも、少し興味を持って、本を読んだりしているようだった。
 もちろん、浩平も千鶴が自分が興味を持ったことに対して、同じように興味を持っているなど、知る由もなかった。
 浩平が興味を持つことがなければ、果たして千鶴も興味を持つことはなかったのだろうか?
 もし、千鶴が興味を抱いていることに浩平が気付いていたとしても、
――俺が興味を持ったからだ――
 としか思わないだろう。
 それほど、浩平にとって、この思いは自分独自のものであり、千鶴であろうとも、
――犯してはいけない聖域のようなものだ――
 という認識でいるに違いない。
 浩平は、千鶴が来るのをずっと待っていた。
 浩平は人を待たせることもするが、自分が待つことに対しても、さほど苦にしない。本当は気が短い性格なのだが、遅れてくる人を待つことにイライラすることはない。待っているということ自体、嫌いではないのだろうか?
 それでも、一時間近くは待った。さすがに現れないのはおかしいと思い、メールを入れてみる。
 返事は返ってこない。
――どうしたんだろう?
 ここまで来れば電話してみるしかない。携帯に電話を入れる。
「お掛けになった電話番号は、電波の繋がらないところにいるか、電源が切れているかで繋がりません……」
 というアナウンス。
 電車などでの移動中なら、留守電のアナウンスにいつもの千鶴ならしているはずだ。今日に限ってし忘れているのだろうか? 気にはなったが、連絡が取れないのであれば仕方がない。今日は帰ることにするしかないと思い、店を出た。
 表は完全に夜のとばりが下りている。住宅街のわりに明かりが少ないことで、余計に寂しさが募ってきた浩平は。さっきの夕凪の時間とは打って変わって強くなった風を感じながら、家路を急いだのだった……。

                  千鶴の行動

 次の日になって、浩平は朝、千鶴に電話を入れてみた。
「どうして昨日は来てくれなかったんだい?」
 電話では抑揚を抑えていたつもりだったが、千鶴には、厳しく叱咤された気分にさせてしまったのか、
「何言ってるのよ。私はずっと待っていたわよ。来なかったのはそっちじゃない」
 と、ヒステリー気味だった。
 もし、本当に千鶴が来ていたのなら、浩平の言い方は確かに気に障って当然だ。浩平も千鶴の苛立ちに尋常ではない様子が伺え、
――やはり、千鶴は来ていたのかな?
 と感じた。
 確かめてみるしかない。
 電話では、とにかく千鶴に平謝りをして、何とか溜飲を下げてもらったが、一気に疲れてしまった。それだけにやはり真実を調べてみないと、浩平としても納得がいかない。その日仕事が終わって、さっそく喫茶「アムール」に行ってみることにした。そこで千鶴の写真を見せて、来ていたかどうか聞いてみることにした。
 喫茶「アムール」に連日の登場だった。昨日来たにも関わらず、何か昨日とは、どこかが違っているように思ったのは気のせいだろうか? 店に来た時間帯は昨日よりも少し早く、ちょうど夕凪の時間帯だった。
――昨日、この時間、歩きながら、夕凪についていろいろ考えたな――
 まだ夕日は、建物の影に隠れるところまでは行っていない。夕日の強さが、埃を舞い上げるようで、埃が見えていることで、身体に気だるさを感じるのは、子供の頃から変わっていない。
――子供の頃に、夕凪の時間に気だるさを感じたのは、風がないからだけだと思っていたけど、この埃に気だるさを感じたからなのかも知れない――
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次