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時間差の文明

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――普段なら、こんなことはないのに――
 と思い、時計を見ると、まだ待ち合わせには少し時間があった。
 というよりも、今から行けばちょうどいいくらいかも知れない。もちろん、待ち合わせに遅れる時間ではない。このまま行っても、約束の時間の、十五分前にはつけるだろう。
 そう思い、歩を喫茶「アムール」に向けた。
――ここからなら、ゆっくり歩いても十五分あればつけるだろう――
 という計算であった。
 そして、その間に夕日が沈むこともないはずである。浩平は目の前の足元から伸びている自分の影の長さを気にしながら、歩いていた。夕日を背に、足元を見ながら歩くのだから、あまりいい歩き方ではないが、これも浩平のくせだった。
「足元ばかり見ていないで、前をしっかり見て歩きなさい」
 と、子供の頃、親や先生から言われたものだったが、くせなのだからしょうがない。治そうという気にもならなかったし、危なくなければいいと思っていた。
 幸い、車が多い道ではない。
 スピードを出すには狭すぎる道なので、さほど車を気にすることもないだろう。
 ここから喫茶「アムール」までは、一本道である。したがって、足元の影を見ながら歩いていると、
――いつの間にか到着していた――
 という感覚になるだろう。
 千鶴と待ち合わせをしている時、足元の影を気にしながら歩いたことはなかった。考えてみれば、足元の影を気にしながら歩く時というのは、体調が悪い時が多かったような気がする。
――足元を見て歩くのは、頭痛から頭を上げて歩くのが辛いからだ――
 というイメージが強かった。
 そういえば、今日も体調が悪いというほどではないが、身体がどこか重たい。そして冬のこの季節なのに、少し歩いただけで、汗が背中に滲んでいるのだ。
――熱っぽいのかな?
 寒気がするわけではないので、気にするほどのことはないと思っていたが、無意識ながら、影を見ながら歩いていると、普段の感覚で、
――悪くないものまで悪くなったような気がしてくるのではないだろうか?
 と、感じるようになっていた。
 病は気からというではないか、シチュエーションで、体調が気になってしまうのは、気にしていないようで、いろいろ自分のことを考えているからなのかも知れない。
 普段から考え事をすることの多い浩平は、気が付けば、何事も自分に照らし合わせて考えていることを考えている時の後半に気が付いて、それから少し考え方が絞られてくる。絞られるというよりも、
――いつも同じところに着地する――
 と言った方がいいのかも知れない。
 考え事というのは、どこから入っても、結局のところ、自分を納得させるところに落ち着こうとするものなのかも知れない。そう思うと、考え事を無意識にしていても、どこかで我に返ることがあるというころ¥とだ。そうでなければ、考え事を終えるきっかけがないような気がしていた。
 その時も浩平は我に返った。
 何を考えていたのか忘れてしまったが、やはりいつも同じところに落ち着いたのだと思うと、もう、足元の影を見ることもなくなっていた。
 顔を上げて歩いていると、目の前には目指す喫茶「アムール」が小さく見えていたのだ。
 背中に掻いた汗がスーッと引いていくのを感じた。それは、まるで最初から汗など背中に滲んでいなかったかのようで、身体のだるさも自然と消えていた。
 ただ、この感覚は今までにも何度もあったことだった。喫茶「アムール」という目的地が見えてホッとしたからなのか。中に待ち人である千鶴がいるのを分かっていて、笑顔で出迎えてくれるのが、瞼の裏に浮かんでいるからであろうか。
 その頃になると、やっと夕日は建物の影に隠れようとしていた。
――だいぶ日も長くなったものだな――
 冬至の時なら、もうとっくに日の暮れている時間だ。春がそこまで来ているように思った浩平だった。
 扉を開けて店内に入る。
 店には、相変わらず人はあまりいない。
 浩平は、店内を見渡したが、そこに千鶴の姿は見られなかった。
――あれ?
 時計を見ると、約束の時間のまだ十五分前である。
「おかしいな」
 と呟きながら、いつもの指定席に腰かけた。
 浩平は無意識に座ったつもりだが、そこは千鶴が座っていた席だった。不思議なことに窓の外に広がった景色に違和感はなかった。ただ、座った瞬間、暖かさを感じたのは違和感だった。そこに誰かさっきまで座っていたのは間違いない。
――千鶴が座っていたのかな?
 でも、千鶴なら、浩平が座っている席に腰かけることはない。おかしいと思いながらも、少し待ってみることにした。
 約束の時間まではまだ十五分もあるのだ。メールか電話で確認してもいいが、約束の時間を過ぎているわけではないので、そこまでする必要はないだろう。
――今連絡するのは失礼だ――
 親しき仲にも礼儀ありであった。浩平は、ブックラックから雑誌を持ってきて、それを見ながら待つことにした。
 浩平が座ったその時は、もう夕日は沈んでいて、窓には店内の明かりが反射して映し出されていた。表を見るには注意が必要で、疲れるのが分かっていた。だから雑誌を読みながら待つことにしたのだ。
 雑誌を開いて読んでいると、
――雑誌など見るのは久しぶりだな――
 と思っていた。
 興味深い記事として、心理学の先生が書いているものがあり、少し気にして見てみることにした。
 内容は、タイムマシンについての考察のようだったが、これであれば、浩平でなくとも、誰もが興味を持つだろう。
 ただ、他の人なら、それなりの研究成果を期待するかも知れないが、浩平の観点は違っていた。
――しょせん、今考えられているタイムマシンの考えには限界があるんだ。それをいかに科学的に言い訳するか、その考察なのではないかな?
 というものだった。
 時間を飛び越える。特に過去に戻るということは、危険を孕んでいる。過去に戻って歴史を変えてしまったら、現代はまったく違うものに変わってしまう。
 また、過去に戻って、何も変えなかったとしても、今度今に戻ってくる時というのは、どこに戻ってくるというのだろう?
 現代にも、一歩だけ前にも、一歩だけあとにも、自分は存在しているのである。自分の存在しない時間にピンポイントで戻ってこれるかどうか、それが問題であった。そのことについて本はいろいろ説明して書いていた。
 このことは、浩平も以前から考えていたことだった。しかし、納得のいく説明ができないまま、時々考えては、結論が得られなかった。
 その説にはいくつかあった。
 一つとしては、過去に戻ってしまえば、結局現代に戻ってくることはできないというもの。小説やドラマでは、この点について一切触れていないものが多い。なぜなら、
「戻ってこれてよかったね」
 と、ハッピーエンドで結ぶのが最高にいい終わり方である。これを下手に説明してしまうと、話が終わらなくなってしまう。いや、終わるきっかけを失うとうべきであろう。
 戻ってこれないということにしてしまうと、ハッピーエンドでは終わらない。そんな小説も少なくはないが、SFファンなどであればいいのだが、一般の読者にはウケないのは仕方のないことかも知れない。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次