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時間差の文明

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 浩平を待っている時、千鶴は違和感があった。それは、今自分が喫茶「アムール」で浩平を待っているということが分かっている中で、どこか違う店のイメージが頭に浮かんできた。
 それは、大学時代に学校の近くにあった喫茶店のイメージだった。
――丸太を基調に、三角屋根の、まるで山小屋のような喫茶店――
 もちろん、浩平の大学の近くにあった喫茶店とは違うところであるが、案外大学の近くには、そういう雰囲気の喫茶店が多いのかも知れない。千鶴は行ったことがなかったが、表から見ていて雰囲気だけは想像できた。
――どうして行かなかったんだろう?
 気になっているなら、行ってもよかったはずなのに、結局卒業するまで、一度も行かなかった。
 確かに、大学生活の中で、道を外れた時期もあったが、店が気になった時期があったのも事実。気になったなら、すぐに行ってみようと思う千鶴にとっては、信じられないことであった。
 同じ時期に、毎日のようにランチを食べに行っていた浩平が、同じような店を気にしていて、すぐに立ち寄ったことを知らない千鶴だったが、もし知っていれば、そんな気分になるだろう。
――やっぱり同じものを気にする二人なんだわ――
 と、思った後で、
――気にはするけど、態度に表すか表さないかということが、私と浩平の一番の違いなのかも知れないわ――
 と考え、納得するかも知れない。
 知らないだけに、比較のしようもないので、千鶴は、漠然と疑問に感じるだけだった。
 千鶴の考え方の原点には、
――浩平との比較――
 が常に付きまとっているようだ。
 浩平にとって、千鶴と比較することより、千鶴のとっての浩平との比較の方が、頭の中の割合としては、かなり大きなものであったようだ。この時に浩平が入った喫茶店のイメージが千鶴の頭の中に描かれたというのも、神秘的な話だが、千鶴にしてみれば、別に不思議なことではない。
 神秘的な話として自分の中の感覚を確かめるために役立つのであれば、それはそれでいいと思っている。まるで夢のような話だが、夢だって、浩平が出てくれば、
――これって本当に夢?
 と疑いたくなるほどだからである。
 真っ暗な中でいつも浩平を待っている千鶴だったが、浩平の方は、まだ日が落ちていないことで、
――まだ時間はあるな――
 と思っていた。
 もちろん、時計を見るのは当たり前のことで、待ち合わせ時間まで、まだ三十分近くはある。
――そろそろ千鶴は、「アムール」に入った頃かな?
 と感じていた。
 ただ、気になっていたのは、いつもよりも日が長いのではないかということだった。いつもなら、もうとっくに日が暮れてもいい時間なのに、まるで夕凪の時間がいつもよりも長く感じられた。
 夕凪というと、浩平よりも、千鶴の方が意識していた。怖がりな千鶴は、夕凪の時間の今にも死にそうな夕日を見ていると、何とも言えない気分になってくる。疲れていなくても、身体に襲ってくる脱力感は、空腹を伴うもので、お腹が減っているにも関わらず、食事を見ると、急に胸がいっぱいになってしまって、食べることができなくなってしまうことが多かった。
 夕凪という時間に交通事故が多いのは知っていた。どうして多いのかということは、夕凪という自然現象を調べれば分かることだった。
――その時間は、光と影が交差して、色がなくなってしまう――
 と思っている。
 モノクロに見えるのだから、当然事故も多くて仕方がないだろう。しかも夕方という疲れが一番溜まりやすい時間。それも、事故に結びつく要因なのではないかと考えた。
 昔から、この時間帯は、
――風のない時間――
 つまり空気が流れない時間であることも千鶴には、気持ち悪かった。昔の人は、
――逢魔が時――
 と呼んで、魔物と出会う時間帯という意味で恐れていたということも知っていた。
 そんな時間は、一日の中ではあっという間である。
――まるで夢に似ているわ――
 千鶴は、夢と比較してみた。
 夢というものは、どんなに長い夢であっても、目を覚ます前の数秒で見るものだということを聞いたことがあった。それが本当であるとするならば、毎日訪れる時間帯なのだが、あっという間に終わってしまう夕凪と似ているのではないだろうか。
 夕凪の夢までは見たことはなかった。しかし、千鶴は夕凪の夢を見たことがある人が、すぐそばにいることを知らなかった。他ならぬ、浩平だった。
 浩平は、夕凪を意識しているわけではなかったのに、夕凪の夢を時々見る。少し怖い夢であったが、目が覚めてくるにしたがって、ほとんど内容は忘れているが、夕凪の夢を見たということだけは意識としてはあるようだ。
 千鶴は、意識しているのは、当然怖いからであった。それなのに夢を見ていないというのはおかしいと思っていたが、
――夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れてしまうことが多い――
 ということを思い出せば、夢を見ていたとしても、忘れてしまっているのかも知れないと思うと、今度は忘れてしまいたくないと感じるようになった。
 怖いものは、見たくないという意識があるが、怖いものでも、見ない方が却って怖いこともある。夕凪の夢など、その一つではないだろうか。
 怖い夢というのは、目が覚めるにしたがって忘れてしまうことの多い人と、怖い夢だけを集中して覚えている人と二通りではないだろうか。たまに、
「同じ夢を何度も見ることがある」
 と言っている人がいるが、それが本当に怖い夢なのか、それとも、同じ夢を何度も見ること自体が怖いことなのか、話している本人にも、感覚的に分からないことがあるようだ。
 浩平は、怖い夢は覚えているものだというが、千鶴は忘れてしまっている。
――千鶴は都合のいい夢ばかり、覚えているんだな――
 と、浩平に冷やかされたことがあったが、苦笑いするしかなかった。
 確かに、同じ夢を何度も見たという経験はない。ただ、夢の中で、
――どこかで見たような光景――
 と、まるでデジャブのような感覚に陥ったことがあった。現実世界での思い出なのか、それとも過去に見た夢が回想しているからなのか、その時は俄かに分かるものではなかった。
――怖い夢と、夕凪の時間――
 それは切っても切り離せない関係ではないかと感じていたのは、千鶴の方だった。
 夕凪の時間はあっという間である。気にしていないと、いつが夕凪だったのか、分からないだろう。
――風の止まってしまった時間帯――
 である夕凪は、風の流れなど、よほど強い風でないと、吹いていようが止まっていようがあまり気にならない人が多い中、あっという間に過ぎるのだから、余計に気が付かないはずだ。
 ましてや、モノクロに見える時間など、夕凪の時間を意識していても、
――いつだったんだろう?
 と感じ、簡単に分かるものではない。
 そんな微妙な時間を気にしていると、時間の感覚がマヒしてしまって、気が付けば思っていたよりも、時間が経っていたなどということも少なくはない。特に人と待ち合わせをしている時など、夕凪のことを考えると、待ち合わせに遅れてしまう可能性もあるかも知れない。
 浩平は、待ち合わせをしているその日に、夕凪のことを考えている自分にハッとした。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次