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時間差の文明

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 他の人には、到底想像もつくことではない。もちろん、二人は分かっている。ただ、本当の性格がお互いに分かっているかどうかというのは、疑問だった。二人の間では疑う余地がなくとも、二人を客観的に見る目が二人にあれば、もっと違った感覚が芽生えていたかも知れない。それがいいのか悪いのか、今は分からないが、そのうちに分かってくることになるのであろう。
 千鶴は、浩平と約束したその日も、遅れることは嫌だったので、「アムール」には、三十分前についていた。その日はなぜか、千鶴の精神状態は不安定だった。今までであれば、どんなに辛いことがあっても、浩平と会えるのであれば、精神的には落ち着いてくるはずだった。
 喫茶「アムール」のいつもの指定席、最初に二人で座ったいつもの席、そこはいつも空いていた。
 もっとも喫茶「アムール」が満席になることなど、今までに見たことがなかった。人が多い時でもなぜか「指定席」に座る人はいない。ただ、それもよくよく考えてみれば分かることだった。
――この店は常連さんがほとんどのお店なんだわ――
 常連というのは、それぞれに自分の指定席を持っているものである。
 常連同士仲がいい人もいるが、ほとんど面識のない人もいるようだ。浩平も千鶴も、他の常連さんをほとんど知らないが、たまに見かける人は、快く挨拶をしてくれる。その挨拶の笑顔を見ていると、
――前にも何度も見たことがあるような気がするわ――
 と千鶴は感じた。どうやら、常連の人たちはそれぞれに表情を持っている中で、笑顔で挨拶する表情は、あまり変わらないようだ。だから、誰に会っても、
――前にも見たことがある笑顔だわ――
 ということになるのだ。
 千鶴はそのことに気付いていたが、浩平は気付いていないようだった。
 千鶴に比べると、浩平は他人のことには結構疎いようだった。千鶴のことであれば、ほとんど分かるのだが、きっと、浩平は人の好き嫌いが激しいのだろう。好きな人は徹底的に好きなのだが、嫌いな人は、徹底的に嫌いだった。
 千鶴の場合も、嫌いな人はいるが、そこまで徹底して嫌いにはならない。これも性格的なものだと言ってしまうとそれまでだが、男性と女性の違いとも言えるかも知れない。
 浩平は、精神的に余裕をいつも持とうとしているが、芸術的な趣味があることで、精神的な安定を保っている。
 絵を描くことが好きなので、時々キャンパスを目の前に絵筆を動かしている光景を、近くの公園で見ることができる。そんな時の浩平の顔はイキイキしているというよりも、真剣そのもの、まわりが近づきにくさを醸し出している。
 さすがにそんな時、千鶴も近づきがたいのだが、趣味の時間を終えた浩平は、一番の至福の時間を過ごすことができた。
 その日の浩平は、千鶴と会えるということもあり、昼間、趣味の絵画に勤しんでいた。その時の時間は、思ったよりも長く感じていたが、終わってみれば、あっという間だったのだ。絵が完成したというわけではなかったが、満足のいく時間だったことは間違いなかった。
 浩平は、その日、公園でいつものところでキャンパスに筆を落としていたが、
「おや?」
 何かいつもと違う感覚を覚えていた。
 いつもと同じ場所で描いているのに、その場所が普段と違って感じられたからだ。
 その理由が分かったのが、絵を描き始めて、絵に集中し始める少し前のことだった。
――この光景、以前にもどこかで見たことがあったような――
 もちろん、ここでの光景ではない。以前に、それもかなり昔の記憶の中で、この場所を見た記憶があったのだ。
 いつもここで描いているのに、こんな感覚は初めてのことだった。かなり昔だということは、絵を描こうとしていた場所ではないことだ。
――そういえば、絵を描くスポットにここを選んだ時、何か惹かれるものを感じたような気がするな――
 ということを思い出した。その時、以前にも見たことがある光景だという意識はなかったと思う。ただ、
――この場所で描きたい――
 と思っただけだった。
 それから、この場所がお気に入りとなり、何枚もここで描いていた。
――絵を描くことが趣味ではあるが、本当はここを描きたいと思っているだけなのかも知れない――
 とも感じるようになった。
 同じ場所で何枚も描いているが、出来上がった作品は、まったく様相が違っている。他の人が見れば、まったく違った場所に見えるのだろうが、それは決して浩平の絵が下手だというだけではない。その時々で、同じ景色であっても、少しずつ違っているものである。
 浩平は、その違いを少しでも大きく描きたいと思うようになっていた。他の人が、
「まったく違う場所の絵に見える」
 というのを聞くと、浩平は、
――してやったり――
 と思い、ニヤリと笑みを浮かべているかも知れない。
 千鶴にも以前見せたことがあったが、やはり違うところの絵に見えているようだったが、何か違和感が残っているようだった。
――さすがに千鶴の目は、ごまかせないな――
 千鶴の目線がそれだけ浩平に近いということを感じた時、それはそれで嬉しかった。やはり千鶴は、他の人と違うという意識をいつも抱いていたいというのが、浩平の考えだからである。
 浩平は、待ち合わせの一時間前には絵画を終えていた。いつもであれば、一旦家に絵画のセットを持って帰ってから、着替えを済ませて、待ち合わせ場所に向かうことにしている。
 だが、その日は中途半端であることに気が付いた。家に帰っていては、約束の時間には間に合わない。
 かといって、先に行って待っているという気にはならなかった。それは千鶴の性格を知り尽くしている浩平だから考えることだった。
――千鶴は、誰よりも先に来ていないと我慢できない性格だものな――
 浩平は、千鶴がいつも落ち着いているのが気になっていた。それは自分の思い通りにことが運んでいる時はいいのだが、うまくいかなくなった時のことを考えると、怖い気がしている。大学時代の千鶴のこともある。もちろん、もうあのようなことはないだろうが、なるべくは、千鶴の考えていることをしてやるに越したことはない。これが浩平なりの気の遣い方なのだ。
 浩平は、簡単にできる気の遣い方しかしない。相手に、
――気を遣っている――
 と思わせたくない。
 もし、そう思わせると、相手が身構えてしまうのが分かるからだ。身構えてしまった相手とどう接していいか分からない浩平は、その時点で墓穴を掘ったことになるのだった。
 浩平は、その日、千鶴との待ち合わせに、そのまま向かうことにした。
 ただ、それには、時間が中途半端すぎるのだ。どこかで時間を潰せればいいと思っていた。
 公園の近くに一軒の喫茶店を見つけた。
――あんなところに喫茶店があったんだ――
 と、浩平はいつもこの公園に来ても、被写体である一点しか見ていなかったことを今さらながらに思い知らされた。
 喫茶店の名前は「アルプス」という名前だった。
 なるほど、表から見ると、まるで山小屋のように見える。木造の建物は、ほとんどが丸太でできているようだった。丸太を見ていると、吸い寄せられる感覚を覚えたのはなぜだろう?
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次