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時間差の文明

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 千鶴も浩平も、待ち合わせに遅れたことはない。どちらが早いかといえば、千鶴の方で、千鶴は人を待たせるのが嫌な性格だった。浩平は、そこまではなく、待ち合わせ時間に遅れるならば問題だが、時間よりも早く到着していれば、先に相手がいても、それは何ら問題がない。
 したがって、いつも千鶴が席に着いて待っていて、後から現れた浩平に、満面の笑みを浮かべる千鶴だった。
――やっぱり、待っている人が来てくれた時の感動って最高だわ――
 いくら待ち合わせ時間よりも早く来ていても、先に相手に来られていては、こんな嬉しい気持ちを味わうことはできない。千鶴は浩平が自分と同じような性格で、
――相手よりも絶対に早く来てやろう――
 などという気持ちになっていたとすれば、それこそプレッシャーだった。
 大学時代に焦りがプレッシャーになっていたことを考えると、千鶴はプレッシャーにはかなり敏感な性格である。浩平は、そのことを分かってくれているので、幼馴染とここまで長い付き合いができるのだ。
――浩平と一緒にいる時間が一番ありがたい――
 と思っている。
 それでも、中学時代くらいは、
――そばにいて当然――
 という相手だった。
 まるで空気のような存在だと思っていた相手がいなくなるなど、考えたこともなかっただろう。
 浩平も同じことを考えていた。
 幼少の頃は、千鶴の方がフラフラしていた。いつも苛められている千鶴を浩平が助けていたという、
――正義の味方――
 だったのだ。
 正義の味方の浩平が、いつの間にか立場が逆転していて、さらに大学に入学してから、また少し立場が逆転しかかった。そのことを、千鶴は意識していたが、浩平の方は、ほとんど意識をしていない。
 千鶴は、その意識があるから、浩平よりもいつも先に待ち合わせには現れるのかも知れない。他の人と待ち合わせをしても、待たせるのが嫌ではあったが、その気持ちは浩平を待たせるのとは、また違った感覚だ。
 浩平は待たせたからと言って、決して怒るような人ではない。それは千鶴が一番よく分かっているのだが、浩平を待たせたくないのは、怒られるからだという、そんな理由ではなかった。
 浩平を待たせるということは、自分が今いる位置から、浩平に見られるということである。それは、浩平に見られたくないところを見られているようで、恥かしさというよりも、悪いことをしている感覚になるのだった。
――きっと浩平は、満面の笑顔で迎えてくれるだろう――
 それは、本当であれば、千鶴がしたい顔なのだ。しかも、相手が浩平だからできる顔である。それを立場が逆転してしまっては、まるで自分がずっと浩平と一緒にいたことの意味を忘れてしまうかのような気になってしまうのだった。
 そんなことは千鶴の中で、許せることではない。
 浩平に見つめられると、何も言えなくなる千鶴だったが、
――浩平に対して優位でいたい――
 という思いは、いつも抱いている。
 もちろん、小さい頃から抱いていたわけではなく、どこかでそんな気持ちになったのだ。それがいつだったか覚えていないが、ひょっとすると、それが浩平を初めて「男」として意識した時だったのかも知れない。
 それまでは、同じ人種だと思っていたのに、相手が異性であることに気付くと、急に見られたくないものや、見せたくないもの。そして、浩平の、
――見てはいけないもの――
 などのあることに、気付くようになっていった。
 相手に対して優位でいたいなどという気持ち、今までに感じたことなどなかった。
 今から思い返しても、
――異性を感じた瞬間が確かにあり、そのことを今でも身体は覚えている――
 と思っていた。
 千鶴が幼少の頃に苛められていた理由は、フラフラしていたというより「、性格的なものが大きかった。今でもその性格の片鱗は残っているのだが、千鶴は自分で見たモノ、触ったモノしか信じられないというところがあった。
 理屈に合わないことや、理不尽だと感じたことを、
――なぜ理屈も分からないことを、黙ってしなければいけないの?
 と思っていたのだ。
 途中から勉強が好きになる千鶴だったが、小学生の低学年の頃は、勉強がまったくできなかった。
 できなかったというより、本人からすれば、
――理解できない――
 という意識があったのだ。
 たとえば、算数でも、一足す一が二になるという理屈が分からなかった。何かのモノを示して説明すれば簡単に説明がつくことなのだが、なぜか理解できなかったのだ。
 最初から疑ってみる性格があったのかも知れない。だが、何かのきっかけでその理屈が分かるようになると、元々のめりこむ性格の千鶴なので、算数が面白くなってきた。
 特に算数というのは、
「決まった答えを導き出すためには、途中のプロセスはどんな解き方であっても、理屈が合っていればそれでいいんだ」
 という考えを先生が話してくれた。
――自由でいいんだ――
 と感じたその時が、千鶴にとっても「きっかけ」だったのだ。
 それから千鶴は算数が好きになった。相変わらず他の教科はあまりパッとしなかったが、算数が好きになってくると、自分でもいろいろな公式を考えるようになった。結構それが楽しくて、先生と放課後話をしたりしたこともあった。浩平はそんな千鶴を見て、頼もしく思ったが、さすがに自分から見て、勉強において、千鶴の背中が遠く彼方にかすんでくるようになると寂しさを隠せなかった。だが、それでも、浩平は性格的にあまり気にしないようにしていた。
――千鶴は千鶴、俺は俺――
 幼馴染とはいっても、兄妹でもなければ、ましてや同じ人間ではないのだから、当然と言えば当然だ。一抹の寂しさはしょうがないというものだった。
 お互いの気持ちが行き違うこともあった。千鶴が落ちて来て、浩平と交差するあたりまで来た時、浩平には、千鶴を受け止めるくらいの気持ちがあったが、千鶴は自分が落ち込んでくることを意識していても、
――転落人生、真っ逆さま――
 という意識があったのだろう。まわりが見えていない。浩平も見えていなかった。それだけ浩平が考えているよりも、かなりのスピードでの転落だった。
 それでも、奈落まで落ち込まなかったのは、そばに浩平がいたからなのかも知れない。
――そういえば、浩平と同じラインで一緒にいたことってなかったわね――
 ふいに浩平のことを思い出した。上を見れば、果てしない。下を見ることも怖くてできない。
 そんな時、少し上を見ると、手を差し伸べてくれている浩平が浮かんできた。
 浩平はいつもの笑顔を浮かべている。いつでもどこでも同じ笑顔だった。千鶴は、そんな浩平の顔しか知らない。それは浩平が千鶴にだけ見せる顔、他の人はそんな浩平を知らない。どちらかというと、浩平は激情家に見られていたくらいだった。
 それでも、千鶴の前で同じ顔ができる。朗らかで、包み込むような笑顔とはこのことだ。
それは、千鶴がどんなに精神的に起伏があっても、浩平にはいつも同じ表情の千鶴が思い浮かんでいるからだ。
 千鶴に浩平がいつも同じ表情に見えるように、浩平も同じであった。それが浩平と千鶴の関係であり、幼馴染のまま、ずっと一緒にいられた秘訣なのであろう。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次