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時間差の文明

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 と言われて、そのまま、浩平は学校で、
「友達に、幼馴染を紹介してやらなかった白状者」
 という噂がいつの間にか流れてしまった。
 噂が流れる時というのはあっという間で、気が付けば、どうしようもないところまで噂が流れていた。
――まあ、いいか――
 高校生活がそんなに楽しいわけでもなかったし、元々勉強が好きでもない。そんな浩平は、次第に学校に行かなくなった。
 苛められているわけではないので、先生も不思議に思っていたようだが、浩平を説得に来ても、話を聞いているのかどうなのか、まるで空気に話しているような気分になってきた先生は、次第に嫌気が差してきたようだ。
 先生も熱血というわけでもない。そんなことは浩平には分かっていることなので、仕事というだけで説得に来ている人の話など、最初から聞く耳を持っているわけもない。お互いにウンザリしながら話をしているのだから、気持ちが通じ合うなど、ありえるはずもなかった。
 それでも、二か月ほどで、浩平はフラリと学校にやってきた。それは先生が来なくなって、すぐのことだったので、先生とすれば、まるで当てつけのように思ったかも知れない。ただ、浩平は、意地を張るのに飽きただけだったのだ。
 学校に戻ったからと言って、別に何が変わったわけでもない。成績はよくはなかったが、さほど悪いわけではない。進学したのも、かなりランクを下げてのものだったので、少々勉強をしなくても、人から抜かれるというほどではない。とりあえず、浩平は卒業できればよかった。
 浩平の学校では、それでも、大学の付属高校ということもあり、推薦で、大学進学もできた。先生のほとんどは、浩平は進学はしないと思っていたのに、三年生になって進路を決める時、
「俺、進学します」
 と、いう言葉を聞いて、先生があっけにとられていた。日ごろから進学のことを一切先生に相談もしてこなかったのだ。あっけにとられるのも当然だ。当の本人でさえ、進学することに決めたのは、ごく最近だったからだ。
 どっちでもいいと思っていて、決めなければならない時、
――どちらかというと進学――
 という気持ちになっただけのことだった。
 それでも、大学に入ると、それなりに勉強はした。今さら遅いかも知れないと思いながらも、とりあえず、就職に困らないように勉強ができたのは、よかったことだった。もっとも、大学の勉強が面白かったというよりも、大学に入って友達になったやつが、勉強以外でいろいろなことを知っていたので、彼と話をするには、少しは勉強が必要だった。
――友達と話しができるための勉強なら、それほどきついとは思わない。押しつけでなかったら、勉強するのもいいものだ――
 と、感じたものだった。
 浩平が学校を卒業する頃には、千鶴の方が、今度は勉強が嫌になっていて、成績はパッとしなくなった。元々、一流大学を目指して、何とか合格したくらいだったので、少しプレッシャーがあったのも当然だ。まわりの友達が結構いろいろな遊びを教えてくれたこともあって、勉強することに飽きてしまったのも仕方がないのかも知れない。
 それでも、一流と言われる会社に入社できたのは、よかったというべきか。千鶴は、大学生になってから、ずっとプレッシャーに耐えてきた。そんな中で、遊びを教えられたのだが、そのまま転落人生を歩まなかったのは、時々でも、浩平が訪ねてきてくれたからだった。
 浩平には、千鶴のプレッシャーが分からなかったかも知れない。それでも、千鶴にとっては、浩平から誘われることが嬉しかったのだ。
 千鶴が教えてもらった遊びの中には、合コンも当然あった。合コンに呼ばれれば、まわりからちやほやされるのは、千鶴であって、それでも、呼んでもらえるのは、千鶴がいないと、花がないからだった。
 千鶴は相変わらず大人しい性格なので、自分から話しかけることはない。それだけに、千鶴に話しかけて、無視されたと思っている男性のところに、他の女の子が寄って行けば、うまくいくという可能性も大きい。千鶴がもし、もっと開放的な女の子だったら、そんなに呼ばれることもなかったはずだ。
――こんなことをしていて楽しいのかしら?
 と思いながらも、ちやほやされるのは嫌ではなかった。自分から話しかけることはできないが、自分が中心にいるというのは、嫌なことを忘れるには、一番だった。
 千鶴は、合コンに呼ばれると、やはり、男性からいろいろ誘いを受けた。それでも誘いに一度も乗らなかったのは、どれだけプレッシャーが掛かっていたとしても、
――一度道を踏み外すと恐ろしい――
 という意識を、一番最初に感じたからだ。
 もし、最初に流されてしまっていたら、そのままズルズルと、遊びの世界に引き込まれたかも知れない。大人しいだけに、強引な男性もいたり、口八丁手八丁の男性もいる。
 ただ、強引な男性には弱いかも知れないが、口八丁手八丁の男性に靡くことはなかったかも知れない。最初が口八丁手八丁の、ナンパな男だったことは、千鶴には幸いした。
 浩平は、その時、千鶴のいない大学生活を楽しんでいた。今までは千鶴がいたことに何ら違和感もなかったので、いなくなった時の寂しさがどこから来るのか分からなかった。
 そのうちに千鶴がいないことに気付き、その寂しさをどうすればいいのか考えたが、浩平は、それを自分の時間に使うことを考えた。
 千鶴がいなくてもいい時間ができることで、千鶴と一緒にいる時間が、今度は新鮮に感じられる。それが、浩平が大学に進学したことで得た一番よかったことだったのも知れない。
 それは、「心の余裕」と言ってもいいだろう。友達が歴史が好きなので、歴史の話について行けるように本屋に行って、歴史の本を漁った。
 今まで、本屋に行くこともあまりなかった浩平は、空気が通り抜ける音が聞こえるくらいに静かな佇まいの中、本の背を眺めているだけで、まるでインクの匂いが漂っているかのような雰囲気が、好きになった。
 本を手に取って開いてみると、先ほど感じたインクの匂いが、嘘でなかったことを知らされて、少し嬉しい気分になれる。店内には、音楽が流れているにも関わらず、本を捲る時に、聞こえてくる紙の音を感じることができ、学校にいる時に、
――もう少し図書館に行ってみてもよかった――
 と感じるほどであった。
 本が好きになると、今までどれほど自分の気が短かったのかが分かってきた。
 小説を読んでいても、セリフだけを斜め読みするようになり、どんな内容なのか分かってもいないのに、読んだ気になってしまっていた。それでは、読書の本当の面白さなど、分かるわけもない。ただ、心の中に、
――千鶴に少しでも追いつきたい――
 という気持ちが宿ってきたのは間違いないことだった。

                喫茶「アムール」と「アルプス」

 浩平と、千鶴が待ち合わせをする場所は、大体いつも決まっていた。浩平の家の近くに「アムール」という喫茶店があり、いつもそこで待ち合わせることにしていた。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次