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時間差の文明

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 そこで、一夫多妻制を採用したのだろうが、実際に戦争で死んでいくのは男である。男ばかりが少なくなると、男女の比率は女の方が強くなる。ある意味では、当時の男は、
――勇ましく戦って死ぬ――
 というよりも、
――何とか生き残って、ハーレムを味わう――
 という方が、幸せだと思われていた。
 実際に、戦争に出ても、姑息に逃げ回って生き残った男も少なくなかった。生きて帰って、妻を何人ももらって、ハーレムを味わおうとする。
 しかし、そううまくいかないのは世の中だ。
 女は男に対して貪欲になり、欲望だけを男に求めてしまう。そこに優しい感情などまったく残っていない。モラルも何も存在しない。
 好きな相手であれば、兄妹だろうが貪り合う。まったく無法地帯もいいところだ。
 千鶴は、そんな世界の中で、自分はお姫様として君臨している。
――私だけが、この世界でもモラルの象徴なんだわ――
 と、得意げになっていた。
 しかし、そんな中で、もう一人の自分の存在に気が付く。もう一人の自分は、まわりの下々の人たちと同じで、下品でモラルの欠片もない人だと思うようになっていた。
 もう一人の自分は、自分が愛している男を誘惑しに掛かった。
 自分が愛している男は、相手も愛していると言ってくれる、千鶴が唯一信じられる男だったのだ。
 しかし、彼はもう一人の自分の誘惑にコロッと引っかかった。
「君がこんなに開放的な女だとは思わなかったよ。これで俺も今までかぶっていた殻を取ることができる」
 と、喜々とした顔で、もう一人の千鶴に話している。
――裏切られた――
 千鶴は、唯一信じていた相手に裏切られたショックで、そこから先の自分の記憶がない。そのことに気付いたのは今の千鶴で、「カリオス文明」の本を喫茶店で見たのが最初だった。
――まるで私に見せようとしているようだわ。でも、今さらこの時代の今になって、「カリオス文明」を思い出させるというのは、何の因果なのかしら?
 と思ったのだ。
 それが母親がくれた本で結びついた気がした。
「あなたは、モラルも何もない人から生まれたのよ。これから先もあなたは、モラルを守ろうとしても、モラルに裏切られる運命なのよ」
 と言われているようで怖かった。
「カリオス文明」が滅んだのも、このあたりに原因があるのかも知れない。
 男は戦争に行っても勇ましく戦うことはない。しかも帰国しても、女は貪欲で、モラルの欠片もない世界に帰ってくることになる。
 愛情意識などなくなってしまい、相手が誰でも欲望を求めてしまう。そんな世界が長続きするわけもなく、滅亡は目に見えていたのかも知れない。
 現代に残っているのは、「カリオス文明」の繁栄していた時代の史実だけだ。
――まるで滅亡寸前に、汚い部分の証拠は、誰かによって隠滅されたようだわ――
 と感じた。
 そこに、何かの力が働いているのだろうが、文明の荒廃というのは、そういうものなのではないだろうか。
 千鶴は、浩平のことを好きになっていいのかと、悩んだこともあったが、すぐに打ち消した。好きになることへの疑問など、ありえないと思ったからだ。人を好きになったら、気持ちに正直になることしか考えられない。それは浩平も同じではないだろうか。
 千鶴は、浩平との楽しかった時期を思い出そうとしていたが、どうにもうまく思い出せない。それよりも、母親からもらった本を読んだ時に、その時から浩平の態度が変わったのを感じていた。
 その時に、浩平の中に「もう一人の浩平」を初めて感じた。それまでには感じたことのない自分の想定外の浩平を感じた千鶴は、明らかに戸惑いがあった。その戸惑いがどこから来るものなのか、さっぱり分からなかったが、浩平の中から、モラルが感じられなくなったのだ。
 今まで浩平に感じていたモラルは、千鶴と一緒にいて違和感がないことだった。違和感を感じると、そのまま距離を感じるようになり、その距離というのが、遠近感の距離なのか、時間的な距離なのか、考えるようになった。
 その時に感じた浩平との距離は、「時間」だった。その時間がどれほどのものかは分からなかったが、待ち合わせをして、千鶴が待たされる時間に比例しているように思えてならなかったのだ。
 千鶴は、浩平よりも先に来ていないといけなかった。もし、浩平が自分より先に待ちあわせに来ていれば、自分と出会うことはなかっただろう。なぜなら、千鶴が待ち合わせ場所に行った時には、すでに浩平がそこにいない予感があったからだ。
――もう一人の自分が、浩平を連れていってしまう。だから、私は浩平よりも後に待ち合わせ場所に行ってはいけないんだ――
 と、感じた。
 幸い、今までもう一人の自分が浩平の前に現れることはなかったようなので問題なかったのだが、どうも最近、浩平の前にもう一人の自分が現れているようだ。ただ、もう一人の自分が、友達のお姉さんに会ってほしいと言った理由が分からなかったが、今思えば、その気持ちが分かる気がする。
――もう一人の千鶴が、友達のお姉さんとして紹介する相手は、この私なんじゃないかしら?
 と感じた。
 もう一人の千鶴が浩平の前に現れれば、自分が現れることはできない。同じ自分が同じ相手に、同じ時間存在することができないからだ。
 しかし、もう一人の自分が表に出てきていると、もう一人の自分は、本当の自分を「別の人」として、同じ次元で存在することができるのかも知れない。そう思うと、もう一人の自分が、本人に成り代わって、表に出たいという感情があらわになってくるのであろう。
――どうして今になって?
 千鶴はどうしてこの時期なのか、よく分からなかった。
 千鶴の心境に大きな変化があったというわけではない。何かに焦っているわけでもなければ、急に浩平を強く意識し始めたというわけでもない。
 ただ、気持ちは浩平にしか向いていない。極端に狭い視野になっていることは間違いないのだが、それだけでは、説明できないところがありすぎる。
 千鶴は、喫茶「アルプス」と、喫茶「アムール」でそれぞれ存在している自分のことをウスウス感じていた。
 千鶴は、母親からもらった本を思い出していた。確かあの話も、途中まで極端に狭い範囲での話に終始していて、気が付けば時間が流れていて、一人だけ取り残されてしまったという内容だった。
――私も、時間から取り残されてしまったのだろうか?
 そう思って、最近のことを考えていたが、やはり、思いを巡らせてよみがえってくるのは、浩平のことばかりであった。
 千鶴は、「カリオス文明」が過去ではなく未来のことのように思えてきた。それは遺跡や文献として残っている「カリオス文明」ではなく、千鶴の意識の中にある「カリオス文明」のことである。
 千鶴は、その日、いろいろなことを考えながら家路についていた。
 浩平が考えていることを勝手に想像もしていた。実際の浩平がどういうつもりなのか、本当は何も知らないのかも知れない。
 ただ、極端に視野を狭めることで、浩平に限りなく近づいた気がした。だが、どうしても触れることのできない感情があった。そこに、「血の繋がり」を感じたのは、やはり限りなく近くまで接近したからに違いない。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次