小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

時間差の文明

INDEX|35ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

 二人に大きな影響を与えた人の存在を、千鶴は浩平が、浩平は千鶴が知っているということをずっと知らなかった。今でも知らないと思っている。
 浩平にとって千鶴はどんな存在なのだろう?
 幼馴染というだけのような印象で、妹のように思っていたが、年齢を重ねるごとに、妹のように思えなくなった。
――妹だったら、結婚できないよな――
 それは、浩平が千鶴を「女」として意識し始め、結婚を考え始めた証拠である。
 以前、千鶴からもらった本があった。それまで千鶴から本をもらうなどなかったことだったのに、その時は意識していなかった。まだ、異性に興味を持ち始める前の中学二年生の頃のことだったからである。その本の内容としては、二人きりの兄妹が主人公で、兄が妹を大切にしているところから始まった。
 妹は、兄を慕っていたが、次第に兄を男として意識し始める。兄は、妹に対して女として意識していない雰囲気を前半は醸し出していたが、どうやら、それは、
――自分を殺してでも、妹を守る――
 という兄としての気持ちの強さが、恋心を抑えていたのだ。
 しかし、さすがに限界がある。
 最初は女性の方の成長が早いことで、兄を慕う妹が意識し始めるが、それがオーラとなって、兄を責めつける。
 女性のフェロモンは、妹から感じてはいけないという意識が強すぎて、次第に、兄は男としての機能がマヒしてくるのだった。
 妹はそんなことを知らない。しかも、兄が自分に対して恋心を抱くはずもないと思っているから、安心して兄のそばにいることができたのだ。
 兄として妹を見ることの辛さがどんなものなのか、本当の妹がいない浩平には分からなかったが、なぜ千鶴はそんな本を読んでいて、しかも、浩平にくれたのか、その時に分かるはずがない。
「これ、お母さんが読むように勧めてくれたの。そして、読み終わったら、浩平にも読ませればいいって。どういうことなのかしらね?」
 と、千鶴は自分も訳が分からずに読んだことを話してくれた。
「それにしても、どうしてお母さんがこんな本を私にくれたのか、よく分からないの。しかも、浩平にも読めなんてね。どういうつもりなのかしらね」
 と、千鶴は意識していないかのように話していたが、浩平には、何とも言い知れぬ思いがあった。
 浩平も不安には感じていたが、その不安が一体どこから出てくるのか分からなかったが、千鶴が何も不安を感じなかったというのが、却って不思議だった。
 浩平には、自分が千鶴を妹のように思っているだけだったのに、恋心など何も湧いてきていなかったその時期に、母親としても、何もこんな本を読ませなくてもよさそうなものだ。
 千鶴は、その頃ちょうど、あまり余計なことを考えない時期だった。千鶴にしては珍しい時期で、そんな時期があったということすら、誰も忘れていた頃のことだった。浩平は、その本のことを思い出すたびに、千鶴にそんな時期があったことを思い出させるものだった。
 本の内容は、それからしばらく忘れていた。
 男性が不能になってしまったというところまで読んでから、確か途中で読むのを止めてしまった。
――こんなにえげつない小説、まともに読めないや――
 と思ったのだ。
 中学生なら、これくらいの内容の小説を、興味を持って読むとすれば、ただの興味本位の気持ちで読むことになるだろう。真面目に読んでいては、成長期の頭には刺激が強すぎる。
 千鶴は、余計なことを考えながら読んでいたように思う。
――読むように勧めてくれたのが、お母さんだということ。話の内容にどこか引っかかるところがあること、そして、自分のまわりで気になることと小説に接点があること――
 などが、千鶴の中で、意識の中で交錯していたのだ。
 千鶴の父親と母親は、千鶴が小学生の頃までは、仲睦まじい関係だった。それが少し喧嘩が多くなかったかと思うと、
「ちょっといい?」
 と、千鶴を自分の部屋に呼んで、深刻そうな顔をしていたのだ。
「今まで話したことなかったんだけど、私と浩平君のお母さんとは姉妹同士だったの。浩平君のお母さんが、私のお姉さんになるのね」
「どうして、今まで話してくれなかったの?」
「あなたが浩平君と幼馴染としてずっと仲良くしているのを見ていると、言いづらくてね」
 と言っていたが、何が言いづらいことなのあるというのだろう?
 それよりも、中学に入って少し経った中途半端な時に話してくれたというのは、どうしてなのだろう? それも不思議な感覚だった。
 本を勧めてくれたのも、ちょうどその頃だったような気がする。
 もう一人の自分を意識し始めたのも、その頃だった。元々、意識していなかったわけではないが、漠然としたものであって、母親のくれた本を読んだ頃あたりから、もう一人の自分の存在を確信し始めたのだ。
――もう一人の自分は、浩平を好きなんだ――
 と思うようになっていた。千鶴は、もう一人の自分に負けたくないという思いもあれば、もう一人の自分に、どうしても遠慮してしまうところもあった。
 もう一人の自分に遠慮するのは、まるで自分に姉ができたような意識があったからだ。姉が浩平を好きだというのであれば、遠慮しなければいけないという思いの中で、
――姉には負けたくない――
 という思いが溢れてくる。
 逆に、姉に負けたくないという思いの中に、姉に対しての遠慮があったなら、それは遠慮が強くなってくることだろう。
 その思いはその時の精神状態で、絶えず変わっていた。特に中学時代などは、精神的に落ち着いていない時期だと思っていたが、ひょっとすると、この思いが強かったからなのかも知れない。
 時々、自分でも考えられないようなことを考えていたり、実際にしてみたりしていた。普段なら絶対にしないようなことでも平気でできる自分が信じられないと思うほどのことである。
 浩平以外の男性を意識するなどありえないと思っていたにも関わらず、自分から男性がほしくなる時間帯があったりしたものだ。
――夕凪の時間になると、無性に寂しい思いに陥った――
 という感覚があるが、それが夕凪という、実に短い時間なので、あっという間のことでもあり、意識したはずのことを、
――おかしな気分になった時間帯があった――
 としてしか記憶に残っていないものだ。
 ただその時間帯に、もう一人の自分が出てきているとすれば、おかしな気分として、納得させようとしているのかも知れない。
「カリオス文明」という時代にいた自分を思い出していた。
「カリオス文明」では、今の世の中でタブーとなっていることが、平然と行われていた。一番千鶴を驚かせたのは、「一夫多妻制」であった。
 男性は女性を何人でも妻にできる。ただし、養っていけなければ、同じことなのだが、養っていけるのであれば、一夫多妻が許される。
 ただ、逆もありだった。一人の妻に対して、夫が数人いることもありえるのだ。
 当時の文明国家というものは、絶えず、近隣国との戦争が絶えなかった。男は戦争に駆り出される。それだけ、
――誰かを守りたい――
 という思いを強く持たなければ、死んでも死に切れないというべきであろう。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次