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時間差の文明

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 今の時代に限らず、「カリオス文明」で後世として生まれ落ちる人たちは、先生だと思って、もう一人の自分を意識しているのかも知れない。浩平ももう一人の自分を感じているようだったが、「カリオス文明」に限らず、どこか後世で、創造神として信じられているのではないだろうか?
 千鶴の妄想は留まるところを知らなかった。
 千鶴と浩平が、いつも十五分の違いを意識していたのを、お互いに分かっていた。
 千鶴は、自分が浩平よりも十五分先を歩いていて、浩平は、千鶴の後の十五分後を歩いている。
 時間にすれば、同じなのだが、距離としてはどうだろう? 男性と女性では歩くスピードが違っている。だが、十五分であれば、普通であれば、追いつくことはあり得ない。それは前を歩く千鶴が立ち止まらない限り、ありえないことなのだろうが、もし千鶴が立ち止まって、浩平を待っていたとすれば。浩平は千鶴に追いつけたのだろうか?
 千鶴は、追いつかれると思っていたようだが、浩平は違っているようだ。
 もし、千鶴が立ち止まってしまったら、浩平は千鶴の存在を意識することなく、そのまま追い越してしまうだろうと思っている。
 浩平は、このことを前からウスウスは感じていたが、この間喫茶「アムール」で出会えなかったことで、確信したようだ。そのことが二人の間にどのような影響を及ぼすのかまではハッキリと分からなかったが、同じ道を歩いていて、会えなかったという過去を考えていると、今回のことも千鶴に対して言えるのではないかと思うようになっていた。
 千鶴が、喫茶「アムール」で、
「友達の妹に会ってほしい」
 と言った時も、いつもの千鶴ではないことを感じ、
――自分の知らない千鶴ではないか?
 と、感じたが、すぐに打ち消した。
 普段の千鶴ではないような気がしていたが、知らない相手だということが違っているのではないだろうか。
――千鶴に限らず、俺も千鶴に正対している時、もう一人に自分と時々入れ替わっているんだ――
 と感じるようになっていたが、やはり確信したのは、その時だったのかも知れない。
 しかし、もう一人の千鶴だと分かり、そのことを意識したとしても、決して普段の千鶴と違う相手だとして接してはいけないと浩平は思っていた。
――騙されついで――
 というわけではないが、いくらもう一人の千鶴だといっても、千鶴に変わりはない。どんなに千鶴のことを知っているとしても、浩平は「他人」なのだ。千鶴のことを分かってあげていると思うことが必要だと思っている。
 では、もう一人の浩平はどうであろうか?
 もう一人の自分は、自分がもう一人いるという意識を持っていないような気がする。自分が、もう一人の自分の存在に気が付いた瞬間、それまで隠れていたかも知れないもう一人の自分が感じていた、
――もう一人の自分の存在――
 という意識は消えてしまったように思う。
 この意識はそれぞれで共有することはできないのだ。そうなると、もう一人の自分の存在を知っているのは、いわゆる
――もう一人の自分でしかないのだ――
 ということになる。
 光と影という表現で扱うならば、
――影が光の存在を知ることができるが、光は影の存在を意識することはできない。もし光が影の存在を知ってしまうことになると、光はその瞬間に影になり、影が光に「昇格」することになるのだ――
 という考え方だった。
 ただ、光と影というのは、考え方のたとえであって、二人の自分の間に上下関係はない。そのために、時々入れ替わっても、誰も意識することはない。何しろ自分が意識していないのだから、当然と言えば当然のことである。
 浩平と千鶴の間では、考え方が特化している部分が存在するが、その考え方は、
――交わることのない平行線――
 を描いているようである。
 しかし、交わることのない平行線であるが、決して遠いところを描いているわけではない。
――限りなく距離が密接した平行線――
 ではないかと、二人は感じていた。
 ただ、千鶴も浩平も、時々その距離が果てしなく遠く感じることがある。千鶴は「カリオス文明」を感じている時で、浩平は、天井が割れた時を想像している時であった。天井が割れた発想はお互いの共有できる発想なのだが、そこには天と地ほどの距離が存在しているように思っている。その気持ちが強いのは浩平の方で、その理由は浩平が千鶴の中に、「カリオス文明」を意識しているという感覚がないからだった。
 浩平が、子供の頃に連れて行かれた「西洋屋敷」と、そこにいたお嬢様の存在を、千鶴とはまったく関係ない人だという意識を持っている以上、交わることのない平行線は続いている。あの時の女の子との思い出は、浩平だけのものとして持っておきたいというのは、「男としての性」なのではないかと浩平は思っている。
 本当は、千鶴が浩平を試す感覚を持っていて、そのような回りくどいやり方を浩平にしたのではないかという考えが浩平の中にあったが、それはもう一人の影の浩平が、
――絶対に表に出してはいけない気持ち――
 と考えていることで、光の方の浩平には、知る由もないこととなっているのだ。
 千鶴は、喫茶「アルプス」に行ったことがないと思っていたが、それは、いつも影の方の千鶴が行っていたからだ。
 それなのに、この間は、光の方の千鶴が喫茶「アルプス」に行ったことで、
――初めてきたはずなのに、以前にも来たことがあるような気がする――
 と感じることになった。
 どうしてそういうことになったのかというと、浩平が喫茶「アルプス」に行ったことで、バランスが崩れてしまったのかも知れない。千鶴の光と影が入れ替わり、光の方の千鶴が喫茶「アルプス」に出かけて行って、影の方の千鶴が喫茶「アムール」にいる浩平の前に鎮座することになった。
 今までにも影の千鶴が鎮座したことはあったのだが、それはあくまでも影としての千鶴であって、光と影の存在を意識させるものではない。
 それなのに、今回は、
「友達の妹に会ってほしい」
 などと、今までの千鶴とは明らかに違う態度を取ったのかも知れない。そのことはまだ浩平にも千鶴にも分かっていないが、どちらが先に気付くかということも重要であり、それが二人の運命を決めることになる。
 二人ともそれぞれに、いろいろなことに気付き始めてはいた。だが、ハッキリとしたことはお互いに分かっていない。どちらかというと、二人が気付いているところに共通性はなく、二人を足して一つにまとまるといったところであろうか。
 また、二人の運命について意識している人がいることを、二人は知らない。それは二人にとって大きな影響を与えた人なのだが、本人もそのことを意識していない。
 小さい頃から二人を見続けていたその人は、千鶴に大きな影響を与えた人でもある。
 千鶴が古代文明を意識するようになったのも、その人が千鶴に本を見せてあげたことが影響している。
 浩平に対しては、光と影の存在を意識させた人でもあった。
 二人はその人の存在をある程度忘れかけている。
――思い出してはいけない――
 とお互いに感じていたのだ。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次