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時間差の文明

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 そこまで考えてくると、浩平に、不安や恐怖、孤独という感覚はマヒしてきた。妄想として浮かんだだけのことで、夢がいつかは覚めるように、妄想にも限界があるはずで、堂々巡りを繰り返してしまうのではないかと思った。
――ひょっとして、この間、二人が会えなかったのは、それぞれもう一人の自分が出会ってしまったために、会えなかったと錯覚したのかも知れない――
 それは、まるで今日浩平がいつもと違う千鶴と会っているのと同じ感覚だ。
――これは妄想なんだ――
 と、どこかで感じてしまったことで、お互いに夢から覚めたように、記憶から消されてしまったのかも知れない。
 いや、記憶から消されたわけではなく、記憶の奥に封印されたというべきであろうか。しかも、封印された記憶を引き出すことはできない。なぜなら、引き出した記憶は、見えない力で操作されていて、捻じれた記憶として封印されているのだと思っているからだ。
――思い出してはいけない記憶――
 を封印するには、捻じれた記憶として、本人にも誰にも分からない「暗号化」がなされているという考え方もできるのではないだろうか。
 浩平は、捻じれた記憶の中で、千鶴がお姫様になっているのを感じていた。
 浩平はお嬢さんを思い出していた。西洋館の屋敷に連れて行ってもらい。お姉さんが来れなくなって寂しいと言っていたお嬢さんである。
 千鶴が言っていた友達の妹というのが、その時のお嬢さんなのではないかと思ったのだ。
 今日、浩平の前にいる千鶴は、先日喫茶「アルプス」にいた千鶴だった。あの時久しぶりに喫茶「アルプス」を訪れていたと思っていたが、今日、喫茶「アルプス」にいる千鶴は、
――この店に来たのは、久しぶりだわ――
 と思っている。
 喫茶「アルプス」に入る前は、先日来たという意識があったはずなのに、久しぶりに来たとう意識になったのは、今日、喫茶「アルプス」にいる千鶴は、
――第三者の目――
 を持っている千鶴なのかも知れない。
 千鶴に限らず浩平も、時々何かのタイミングで、もう一人の自分と入れ替わっているのだ。そのことを理解できていなかっただろう。
 鏡のような媒体を通してでなければ見ることのできない自分の顔のように、もう一人の自分と会うということは不可能なのかも知れない。
――だが、そのことを意識できてしまうとどうなのだろう?
 鏡を見るのが怖くなってきた。後ろにもし、自分が映っていたら、後ろを振り向くことができなくなり、鏡に映っているもう一人の自分から目が離せなくなるだろう。鏡にうつぃっているもう一人の自分は、微動だにしない。こちらを見ながらニヤリと笑っているだけだ。
 微動だにしないくせに、その表情は微妙に変わっていく。不気味な表情からは、奇声が聞こえてきそうだ。
 そういえば、夢で見た「カリオス文明」の中で、いつも千鶴は鏡を見ていたような気がする。一日に何回も鏡を見ていて、誰かを探していたように思った。
――もう一人の自分の存在に気付いていて、その人を探していたのかな?
 と思いながら、さらに考えてみると、
「カリオス文明」の人たちは、皆、もう一人の自分の存在を知っていた。知っているからこそ、巨大な文明を築き上げることができたのだ。そのことを千鶴は夢の中で知った。もう一人の自分が、自分の存在をアピールするために見せたのであろうか?
 昔から鏡は神聖なものであったり、悪魔を呼ぶものだと言われてきたり、賛否両論いろいろある。三種の神器などは、神聖なものとして奉っているのだろうが、神社に奉納されているものなどは、妖気が乗り移っていたりして、
「鏡の中から髪の毛の妖怪が現れると……」
 などという昔話を聞いたこともあった。
 西洋の童話でも、鏡に映った自分よりも綺麗な女性に、魔法を掛ける魔女の話があったりと、恐怖を煽るものの代表のように言われるのも鏡だったりする。
――やはり、鏡は正直なのかも知れない――
 と、千鶴は感じた。
 隠しておきたいものであっても、必ず真実を映し出すという意味で、本人が一番知っている相手でありながら、まわりには知られたくない相手でもある。ただ、一番よく分かっているだけに、うまく使えば「カリオス文明」のように、大きく栄えることもできる。しかしそれは諸刃の剣でもある。一歩間違えると、自らを滅ぼしてしまう危険性が一番高い。もう一人の自分の存在を知っていたとしても、そこまでの危険性を意識しているかどうかが問題で、一人がしている時は、もう一人の方は、まったく心配をしていない。あくまでも光と影の関係なのだ。
 千鶴は、過去に戻る夢をよく見る。それは自分の過去に限ったことではなく、見たこともない場所に置き去りにされてしまった感覚を味わうことになるのだが、それが過去だということを最近は疑うようになっていた。
 景色が昔の風景なので過去のように思うだけで、本当は未来なのかも知れないと感じるのだ。
――時間も堂々巡りを繰り返している――
 そこには時系列というものが存在しているのだろうか、もし堂々巡りを繰り返しているとすれば、どういう単位で繰り返しているのだろうか?
 一日単位なのか、一か月単位なのか、それとも一年単位なのか? あるいは、一時間なのかも知れない。
 しかし。時間や日にちの単位というのは、どこまで精神的なものに影響を与えているというのだろう?
 一日という単位は、地球の自転であり、一年は太陽を回る周期である。大昔、
「それでも地球は回っている」
 という言葉を迷信としていた時代に、一年という単位は存在していた。何か知らない力が働いていて、一年という単位に説得力を持たせていたのかも知れない。堂々巡りが力として存在している証拠ではないだろうか?
 過去の夢の中で、同じ日を繰り返した夢を見たこともあった。この夢が最近見た夢の中で一番怖かったかも知れない。
 夢の中で、もう一人の自分を見つけた気がした。それは、午前零時になった瞬間、前の日に戻ってしまう時に感じたのだ。
 もう一人の自分だけが、先の日に行ってしまった。過去に戻る瞬間に見えた自分の背中は、触ることができそうなのに、絶対に触ることのできないという、まるで果てしなく広がっている雲一つな青空に手を伸ばしているかのようだった。
 そんな時に思い出すのが、人口太陽のあった博物館の、空が割れた夢だった。その時にもう一人の自分が空から覗いていたのを感じたが、その一方で、空から見下ろしている自分の視線も感じたのだ。
 一度に両方を感じることは普通はできない。しかし、その時に限っては感じられた。
――だから夢だと分かったのかも知れない――
 と、千鶴は感じたのだ。
 その時に違和感があったのを、千鶴はずっと気にしていた。その違和感がどこから来るのか、しばし忘れていたが、「カリオス文明」を思い出すと、また気になってきたのだった。
 どうやら、浩平には千鶴が何かの違和感に包まれていることは分かっているようだったが、その違和感がどこから来る者なのか、分かっていななかったのである。
 千鶴が違和感を感じる時、いつも浩平を意識している。
――浩平も分かっていることなのかしら?
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次