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時間差の文明

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――浩平なら分かってくれる――
 とタカをくくっていたのが間違いだった。
 千鶴がトイレに入っていたことなど、思いもしなかった浩平は、千鶴が後ろからついてきていると思い込んでいたのに、後ろを向いてみると、千鶴がいない。
 焦った浩平は、千鶴を捜し歩いた。その結果、自分が迷子になってしまうことに気付くわけもなく、ひたすら探して見つけることができず、疲れ切っているところを保護されたのだ。
 疲れ切っているので、言い訳をする気力もない。また、千鶴が無事だったことで安心したのも事実である。そんな状態で浩平は、結局一人。自分だけが悪者になってしまったのだった。
 ただ、その時はそれでいいと思っていたが、自分でも気付かない間にトラウマになっていたようだ。
 千鶴にとって浩平がいなくなったことは、自分が悪いという思いもあった。
――あの時、もっと大きな声で言っていれば――
 という思いが千鶴の中でトラウマとなった。
 だからといって、それから千鶴が大きな声を出すようになったかというと、そうではない。逆に声が出せなくなった。トラウマは自分がしたことへの反省は促しても、それを実行する力にはなってくれない。力になってくれないのだから、却って考え込むことは、自分を卑屈への道に導くことになってしまうのだ。
 それでも、二人は、中学までずっと一緒にいた。
 勉強の方は、浩平よりも千鶴の方ができた。物静かな千鶴は、その分、一人でコツコツとすることに長けていた。特に勉強は、すればするほど成績がよくなり、目に見えて結果が生まれてくると、これほど面白いことはない。元々勉強が嫌いだったわけではない千鶴が、成績の良さから、まわりの大人が急にちやほやしてくるのを肌で感じていた。
 最初はさすがに嬉しくて、有頂天にもなっていたが。ほんの少しでも成績が下がると、困った顔をされてしまう。もし、千鶴が内に籠る性格でなければ、そんなことはないのだろうが、困った顔をされると、
――一体私が何をしたの?
 と、まわりの目が自分を追いつめていることに疑問を持ってしまった。
 疑問を持つと、なかなか解消しない。
――まわりの期待に応えないといけない――
 という思いは、子供の頃よりも強くなった。
 子供の頃は、あまり期待されていなかった。むしろ明るい性格の浩平の方が、「大人ウケ」していたことだろう。
 千鶴にとって、浩平を男性として見ることができなかったのは。子供の頃にすでに大人ウケしていたのが原因だったに違いない。
 浩平は、千鶴のことを子ども扱いにしていた。もちろん、成績は千鶴の方がいいので、まわりからは、千鶴の方が勉強ができる大人のように見られるようになり、立場が逆転してしまっていた。
 そんな大人の理屈を一番分かっていたのは浩平だった。だが、浩平は千鶴を子ども扱いにしながらも、自分の成績が悪いことを、結局はうちに籠めてしまって、コンプレックスとして抱え込むようになったのだ。
 浩平と千鶴がお互いに今まで、距離を感じずに来られたのは、定期的に会っていたからかも知れない。それぞれにプライベートの時間も子供の頃に比べれば増えたはずだ。特に女性の千鶴のプライベートは男性の浩平のプライベートに比べて当然たくさんあり、気を遣うのは、浩平の方であろう。
 ただ、千鶴には浩平に対して負い目があった。
 それは小学三年生の頃に浩平を迷子にしてしまったということで、千鶴がそのことに対して何も言わなかったことだ。
 一言でも、
「あの時、私がおトイレに行っていたから」
 と言っていれば、浩平が千鶴を探すために行方不明になったのであって、決して迷子ではないということを証明できたのだ。
 それができなかったために、浩平には、
「小学三年生になっても、遊園地で迷子になった男の子」
 としてのレッテルが貼られてしまった。それが成績の悪さとも比例して、
「やっぱりそれだけ頭が悪いんだわ」
 と、噂されていても仕方がない状況だった。
 しかも、一緒にいる千鶴の成績がいいものだから、さらに比較される。それでも千鶴は自分の成績の良さを自慢できない。自分が胸を張ってしまえば、浩平が余計に惨めになることが分かるからだ。
 何とも千鶴にとってはやりきれない気持ちであろうか。まわりからは、
「実におしとやかで、自慢するところもない非の打ちどころのない女の子だ」
 ということで、評判は上がるだろうが、本人にはやりきれない気持ちが残ってしまう。このギャップに千鶴が苦しんでいることなど、誰も知らないはずだ。もし、知ることができるとすれば浩平だけだが、逆に浩平には絶対に知られたくないことでもあった。
 千鶴と浩平の関係は、二人の絆とは別に、まわりから見ている関係というのは、かなりの開きがある。
「あの二人、いつも一緒にいるけど、不釣合いなんじゃないかしら?」
 あるいは、
「千鶴ちゃんは、どうしてあんな男の子と一緒にいるのかしらね?」
 という言葉がよく聞かれた。
 後者は、特に中学三年生の頃に多く聞かれた言葉だった。
 中学一年生の頃までは、本当に子供のようなあどけなさだけしかなかった千鶴だったが、中学二年生になってからというもの、次第に大人の色香が見えるようになってきた。三年生になると、
「女子大生?」
 と、街を歩いていると、男性から声を掛けられても不思議がないくらいになっていた。身長も中学二年生くらいから急に伸び始め、一年生の頃に比べると、完全に見違えてしまうほどだった。
 それは母親の遺伝かも知れない。
 母親も、中学生の頃に急に大人になったようだったと言う話を、中学三年生の頃に、母親方のおばあちゃんから聞かされたことがあった。母親は、
「いやぁね。昔のことよ」
 と照れてはいたが、
「やっぱり、お母さんに似たのね」
 と、後でこっそり言いに来るところ当たりは、母親としても自慢の娘に育ったと思っているのかも知れない。
 しかも、才女とくれば、モテないわけもない。それぞれ違う学校に進学して、千鶴は女子高だったこともあり、近くの男子校の男の子から、彼女たちは注目されていた。
 その中でもひときわ目立つのが千鶴だった。同級生の女の子が溜息をつきたくなるほどの雰囲気は、物静かさな性格がさらに引き立てるのだから、世の中分からないものだ。
 今までその物静かな性格を短所として、いつも補ってくれていたのが、浩平だった。
 さすかに最初はちやほやされて、少し自分を見失いかけた千鶴だったが、浩平に対しての負い目を思い出すと、一人浮かれている気分にはなれなかった。一人舞い上がってしまわなかったのは、ある意味浩平のおかげでもある。やはり、千鶴の頭の中から、浩平を消すことなどできるはずのないのだった。
 そんな千鶴に対して、浩平が進学した高校でできた友達から、
「お前、千鶴ちゃんとは幼馴染なんだって?」
 と、聞かれて、
「ああ、そうだけど?」
 と答えると、紹介してほしいと泣きつかれたことがあった。その友達とは、友達と言っても、親友というわけでもなく、紹介してやる義理などあるわけでもなかった。
「そんなことは自分ですればいいじゃないか」
 というと、
「お前冷たいな」
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次