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時間差の文明

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 いくつくらい年上のお姉さんなのか分からないが、その時浩平が想像したのは、高校生くらいのお姉さんであった。
 高校生ということであれば、かなり年が離れていることになるし、大人というイメージを感じさせるに十分であろう。
 その頃に初めて女性というものを意識したような気がする。
――彼女がほしい――
 というような発想ではないのだが、一種の憧れであり、甘えたいという気持ちが強かったのも事実だ。
 お姉さんと、会ってみたいと思うようになると、お姉さんの雰囲気が、高校生になった時の千鶴に思えてくるから不思議だった。
 高校生になった時の千鶴の雰囲気を想像できたのは、夢で見たことがあったからだ。
 自分はまだ小学生の低学年、千鶴だけが高校生になっているという設定だったが、なぜか高校生の千鶴は、小学生の自分の後ろをただ黙ってついてくるだけだった。
「どうしたんですか?」
 相手は千鶴だと分かっているつもりだったが、さすがに高校生のお姉さんに対して、いつもの千鶴のように接することができず、敬語を使っていた。
「いえ、浩平さんの後ろにいると、なぜか安心するんです」
 千鶴の視線が、浩平の目を捉えていないことを不思議に思っていたが、千鶴の視線は浩平の顔よりもずっと上、自分の顔よりもさらに上を捉えていた。
――どこを見ているんだ?
 と思ったが、すぐに視線の先が分かった。
――千鶴は、高校生になった俺を見ているんだ――
 自分が千鶴を高校生のお姉さんとして見ているように、千鶴も浩平を高校生として見ているようだ。
 そう思うと、浩平は自分が高校生になったのをすぐに感じることができたのだが、今度は、自分の目線が第三者になっていた。
 高校生の浩平は自分の夢の中に存在している。そして、千鶴と対峙しているのだが、その表情は影になっていて、よく分からない。
――高校生になった千鶴の顔を想像することはできるのだが、自分が高校生になった時の顔を想像することはできないんだな――
 と、浩平は感じた。
 高校生というのは、大人への入り口、中学生から高校生になる間に、何か一つの世代を乗り越える必要があるような気がしていた。
 その間に存在するのは、間違いなく成長期である。成長期は思春期でもあり、異性に対しての感情が、大きく揺れ動き、そして、それが身体にも影響してくる時期だということを、すでに小学生の頃に分かっていたような気がした。
 それを教えてくれたのが、夢の中に出てきた千鶴のおかげのように浩平は感じることができた。
 子供の頃に見る夢は、本当はその時の夢を見るよりも、未来のことを見る方が多いのではないかと思えてきた。
 夢は目が覚めるにしたがって忘れて行くものだという意識を持っているが、それは大人になった時の夢を見てしまったことで、現実では想像してはいけないこととして、夢に封印してしまうのかも知れない。
 浩平は、お嬢さんから食事に誘われたことすら、夢だったのではないかと思うほどだったが、夢にしてはリアルだった。忘れそうになっても、時々思い出す。それを夢と言えるのだろうかと感じていた。
 しかし、本当はそれが夢というものなのかも知れない。
 忘れそうになっても記憶のどこかに引っかかっている。それこそが夢だとすれば、現実に近い夢が存在することもあるのだという、妙な納得が浩平の中に生まれるのだった。
 お嬢さんのお姉さんと、千鶴がダブって感じられた。それは、お嬢さんの中に自分の目線が入り込んでいるのかも知れない。
 来てくれるはずの千鶴が来てくれないことで、ついつい誰か他の人を誘ってしまう。それが浩平だというのも、何かの因縁なのかも知れない。
 浩平は、この間待ち合わせた時に、会えなかったことを思い出していた。小学生の頃に見た夢を今さらのように思い出したのも、きっと千鶴と会えなかった寂しさを、お嬢さんと照らし合わせたのかも知れない。
――今では、あの時のことをすっかり夢だったと認識してしまったのかな?
 リアルだったはずなのに、夢として封印してしまったことで、時々思い出すようになっていた。
 お嬢さんの雰囲気も運転手の雰囲気もイメージが湧いてくる。そこまでなら夢ではないはずなのに、その時、高校生になった千鶴が自分に浴びせた視線のように、お嬢さんは、浩平の顔を見る時、正面から見るよりも、上を見るようにしていたからである。
――やっぱり、そこには高校生の俺がいたのかな?
 千鶴との夢のように、第三者として見ることはなかったが、どこか記憶の中で、お嬢さんと、千鶴が交錯している。お嬢さんのお姉さんと千鶴が同じ人間に思えてならないのだった。
 高校生になった時、浩平はこの時の意識をすっかり忘れていた。大学生になってやっと思い出したのだが、
――どうして思い出さなかったのだろう?
 と、ポッカリと自分の高校時代に穴が空いてしまったのではないかと思うほど、高校時代は、自分にとって特殊な時代だったように思う。
 特に高校時代には、あまり千鶴を意識していなかったように思う。そのことが、浩平を高校時代だけ別の世界だったように思わせるのだった。
 そういえば、高校時代には、毎日のように夕凪の時間を意識していた。
 学校の帰りに、道を歩いていても、いつも足元の自分の影ばかりを追いかけていた。
 ほとんど帰宅時間が同じだったこともあり、夕凪の時間を、帰宅時間に感じていたのだ。それは、夏でも冬でも同じだった。ただ、冬よりも夏の方が意識としては強く、身体のだるさが、そのまま夕凪の時間だという意識をずっと持っていた。
 夕凪の時間を意識していた時期、千鶴のことは忘れていた。それよりも、小学生の時に遊びに行ったお嬢さんのことが気になっていたのだ。あれから二、三度遊びに行ったが、最初は、戸惑いの中で、時間があっという間に過ぎた。二回目は、緊張もなくいろいろな話ができたが、どちらかというと、三回目以降への期待の方が大きかったように感じていた。
 しかし、三回目はまたしても戸惑いがあった。戸惑いというよりも不安に近かった。二回目は、三回目以降が楽しみで仕方がなかったのに、どうして急に不安が募ってきたのか分からない。不安が恐怖に変わってくると、今度は、
――四回目というのは、もうないのだ――
 と感じるようになっていった。
 それに呼応してか、彼女が誘いに来なくなった。
 今までは浩平が、
――遊びに行ってみたいな――
 と、感じた時と同じタイミングで、いつもの高級車が現れた。まるでこちらの思いを見透かされたかのようだったが、それでもよかったのだ。
 こっちは子供なのだから、見透かされたと思われる方が気が楽だったというのもある。彼女の方が、
「浩平君に会いたいわ」
 と言って、運転手の人に頼んでいるのか、それとも、
「浩平君が呼んでいるわ」
 と言うのか。
 どちらにしても、浩平の都合のいい解釈しか、頭の中にはなかったのだ。
 それなのに、なぜか三回目以降は、不安や恐怖が襲ってきた。しかも、その思いが通じるのか、彼女が現れることもなかった。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次