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時間差の文明

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 今回、部屋を大きく感じたのか、それとも富士山の絵を小さく感じたのか、それとも、富士山の絵が遠くに感じられ、それだけ、部屋の奥行きの広さを感じたのであろうか。それぞれに同じ意味なのだが、
――どこを中心に見ているか――
 ということが重要だった。
 千鶴は、喫茶「アルプス」に来てから、違和感があるのに気付いた。
――何かいつもと違う――
 という心境に陥っていた。
 理由についてはすぐに分かった。
――浩平のことを忘れていたんだわ――
 幼馴染でいつもそばにいる存在だと思っていたが、特別いつも考えているという意識はなかった。しかし、今は考えていなかった少しの時間だけにでも違和感を感じるのだ。それは、日ごろから浩平のことを考えていて、無意識であるがゆえに意識していない時があれば、漠然とした違和感として、千鶴の中に残るのだった。
 ただ、浩平のことを思い出したのは、きっかけがあったはずだ。そのきっかけが何なのか、千鶴は考えたが分からない。まさか浩平が昨日来たなどという偶然があるとは思っていないからだ。今日ここに来るきっかけについてもピンと来ない。実に不思議な日であった。
 浩平のことを考え始めると、忘れていたことに罪悪感のようなものがあった。
――決して忘れてはいけないんだ――
 と思ったくらいだが、浩平のことを思っていないといけないと思うことがプレッシャーにはならないことは幸いだった。
 喫茶「アルプス」はあくまでも千鶴の中では隠れ家にしておきたい場所だった。そこに浩平がいる必要はなく、ただ、存在だけを想像の中で感じていればいいと思っている。あくまでも空間と時間は千鶴のものであり、誰もそれを犯すことはできないものだと思っている。
――浩平にだって、自分の隠れ家があるはずよね――
 と、千鶴は考えていた。だからこそ、浩平には気持ちに余裕が持てるのだ。千鶴も、浩平が自分の中で大きな位置を占めていることは分かっているが、すべてではない。
――そばにいることがすべて――
 と言っても、精神的にそばにいるだけでいい時もある。想像の中での浩平がどういう顔をするのか、その時々で違っているような気がする。
 お互いに仕事の時間、家にいる時間まで一緒にいるわけではないので、無意識な想像をしている。
――そういえば、いつも同じ表情ではないような気がするわ――
 他の人を想像する時、千鶴は、いつも同じ表情しか浮かんでこない。それが当たり前だと思っていたが、改めて浩平のことを想像してみると、その時々で違う表情をしていることに違和感はなかった。
 千鶴は、コーヒーを待っている間、店内を見渡した後、表をボーっと見ていたが、ふと我に返ると、マガジンラックに向かい、雑誌を手にした。
 浩平を待っている時に限らず、人と待ち合わせをしている時は、雑誌を読むことはあまりなかった。それよりも、窓から表を見ている方が多い。漠然と眺めながら、人の流れであったり、日の暮れ具合を見ていたのだが、そんな目に見えることだけではなく、他に目に見えないことも見えていたような気がしていた。
 目に見えないものは、漠然として見ていることで、不思議に思わなかったが、他の人には同じ場所の同じシチュエーションでは見えないはずのものを千鶴は見ていたのだ。
 千鶴にはそんなことは分からない。もちろん、他の人にも分かるはずはない。だが、それを知っている人が一人だけいた。それが浩平だったのだ。
 それが、本来であれば、その時間に見えるはずのものではないという不思議なものであることを浩平が知っているからだ。
 浩平は超常現象を信じている。
 もちろん、すべての超常現象を信じているわけではない。そういう雑誌を読むのが好きで、一人でいる時にはよく読んだりしていた。タイムマシンの話など、一旦興味を持つと、本屋に行った時、その手の本を時間を掛けて探すこともあった。ただ、わざわざそのためだけに本屋に行くわけではない。通りかかった時に立ち寄って探すのだ。
 それだけ超常現象の話には興味が継続していて、簡単に忘れることのないもののようだ。千鶴のように、
――熱しやすく冷めやすい――
 という性格ではない。
 千鶴はその日、喫茶「アムール」のマガジンラックで、SF関係の雑誌があるのを見つけた。
――浩平が好きそうな雑誌だわ――
 と思い、自分も読んでみることにした。雑誌を手に席に戻った千鶴の姿を、遠目に見つめているウエイトレスの女の子の視線に、千鶴は気付いていなかった……。

                 待ち人知らず

 喫茶「アムール」では、席に座っていた浩平を驚かせるかのように姿を見せた千鶴は、無表情で浩平を見ていた。
 だが、それは一瞬で、すぐに満面の笑みを浮かべた千鶴に、浩平は頭を傾げてしまった。
 浩平には、最初の千鶴の無表情が分からなかったのだ。ただ、ゾッとしたものは感じていた。ゾッとしたものを感じながら満面の笑みを見たのだから、違和感があっても当然である。
――一体、どういうことなんだ?
 ゾッとするような寒気は、身震いを誘う。千鶴からそんな感覚にさせられたことなど、今までに一度もなかったことだ。まるで金縛りにあったように顔面が引きつっている。きっと表情はこれ以上ないというくらいの苦笑いを浮かべていたに違いない。
 千鶴は、すぐに席に座ろうとしなかった。まず、店内を見渡している。そして、ゆっくりと席に着いた。その一部始終は、
――待たされることがなかったので知らなかっただけなのかも知れない。これがいつもの千鶴の行動なのだと思うと、少しイメージに合わないな――
 と、浩平に思わせた。
 席に着いた時の千鶴は、いつもの表情に戻っていた。
――それでいいんだ――
 と、浩平は勝手に思ったが、その気持ちを察したのか、千鶴は軽く笑顔を見せた。それがいつもの千鶴の笑顔だった。
「ごめんなさい。今日は私が待たせてしまったわね」
 と、申し訳なさそうに謝っている千鶴の言葉は、どこか事務的だ。
「いや、いいんだ」
 それはそうだろう。元から、約束などしていないのだから、詫びを入れられる必要もないからだ。
 浩平は、それから先、何を話していいか分からなかった。待ち合わせをしていない相手とバッタリ会って、会話が滞るほど、浩平に話題性がないわけではないが、相手が千鶴であれば、なぜか会話に困ってしまう。
――そういえば、いつも待ち合わせして会っていたんだっけ?
 と思ったが、過去の記憶の中に、待ち合わせをしていたわけでもないのに、千鶴が現れたことがあった。あの時は、確か中学の頃だっただろうか? 千鶴は好きな男の子ができたらしく、その男のことをずっと気にしていたのだが、ある日、
「フラれた」
 と、言って、泣きながら浩平を訪ねてきたことがあった。
 さすがに戸惑ったが、その時の浩平は今から思い出しても冷静だった。
 まるで自分が兄貴にでもなったかのように感じていて、千鶴を慰めていた。
――俺にこんな気の利いた言葉が吐けるなんて、思ってもいなかった――
 と感じたほどで、ずっとしょげていた千鶴も、次第に平常心を取り戻してくると、まるで浩平と千鶴が恋人でもあるかのような気分になった。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次