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時間差の文明

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 千鶴は、ここで表を見ている時、何かを考えているのだが、いつも浩平が現れると、何を考えていたのか、忘れてしまう。それを本人は、
――何も考えていなかったんだわ――
 と思うようになっていて、次第にそれすら感じなくなっていた。
 ここで待っている時間、千鶴の心の中を覗くことは、誰にもできないのではないだろうか。
 そのことを、浩平はその時に感じるようになっていた。いつも千鶴が待っているその場所で浩平を待っているつもりになって考えると、千鶴の思いが手に取るように分かってくる。そう思うと、今にも扉が開いて、千鶴が現れるのではないかと、思えてならない自分がいることに気が付いた。
 時間的には、六時半を回っていた。いつもなら、会話に花が咲いている時間だった。二人の会話は、最初こそ他愛もない話から入る。それはその日にあったことだったり、会社でのことだったり、待ち合わせをする時というのは、無意識にでも、その時に何を話そうかという話題を探しているものだ。それが他愛もないことであればあるほど、気楽に会話ができるというものである。
 その日は待ち合わせをする予定でもなかったのに、
――千鶴と、こういう話をしよう――
 と話題を探している自分に気が付いた。思わず苦笑いをしてしまったが、そのことに気付くというのも、待ち合わせをしていないという意識を持っている証拠だ。ただ、それでも無意識に探しているというのは、心のどこかで、
――千鶴が来てくれればいいのに――
 という願望がある証拠ではないだろうか。
 願望は妄想を作り出す環境を張り巡らすことができる。妄想というのは、環境を張り巡らせることで、抱く気持ちになるのではないかと浩平は思うようになった。
 もっとも、千鶴に対して感じる思いは妄想であることはなく、妄想を抱くのは他の人に対してである。千鶴に対して抱く感情には、それだけ限界があるのだと思っているが、それを最近は一抹の寂しさとして感じるようになっていた。
 浩平は表をまだ見ている。見えているのは、ガラスに映った店内の風景で、表が見えているわけではないのに、どうして表を見ようとするのか、よく分からなかった。暗闇の中で人が歩いていても、見えるか見えないかの中途半端な状況では、蠢いているとしか感じなくなっている。
――表からは、どのように見えているのだろう?
 と、ふと感じた。
 そういえば、店内に入ってくる時、浩平は入口の扉しか意識していない。窓ガラスを見れば必ず千鶴がいるのが分かっているからであろうが、まったく見ないというのもおかしな感じがする。
――目を合わせたくないと思うのだろうか?
 もしそう思っているのだとすると、それは、恥かしさからではないだろうか。しかし、千鶴に対して今さら恥かしいという気持ちもおかしな気がする。それよりも、ガラスを通してなどではなく、生の千鶴の顔を最初に見たいという気持ちが強いからなのかも知れない。そちらの方が説得力があるような気がして、幼馴染らしい考えではないかと思うのだった。
 浩平は、じっと表を見ていると、急に窓ガラスの向こうから視線を感じた。窓ガラス越しの真っ暗な世界で誰がいるのかを確認するのは困難だ。あまり視力のよくない浩平にとっては尚更で、
――気のせいかも知れない――
 と感じたが、それにしては痛いほどの視線だった。
 しばらく視線を感じていたかと思うと、視線が急に切れた。ホッとした気持ちと、残念な気持ちとが複雑に絡み合う中、ふいに店の入り口の扉が開いた。浩平は反射的にそっちを見たが、まるでスローモーションを見ているかのように、扉がゆっくりと開いているのを感じた。
「いらっしゃいませ」
 女の子の声が聞こえた瞬間、扉の向こうにいる人の顔を確認できた。
 最初は、ビックリして一瞬不安がよぎったのを確かに感じたが、次の瞬間、ホッとした気分になった。
――やっぱり、ホッとするんだ――
 と感じて、扉の向こうにいる人を凝視すると、そこに立っているのは、いつものように満面の笑みを浮かべている千鶴であった。

                千鶴と喫茶「アルプス」

 千鶴は、その日、朝から落ち着かなかった。
 浩平が約束の時間になっても来なかったからだ。普段なら、六時を少し過ぎたくらいまで待つはずなのに、昨日はそんな気分ではなかった。
 いつになくイライラしていた。なぜイラついていたのか、すぐには思い出せなかったが、その日は、浩平が何か伝えたくて呼び出したのだということを意識していたのだ。電話ではずっと待っていたと言ったが、約束の時間を過ぎてまでとは言っていない。そんな言い訳がましい自分にも少しイライラしていたのかも知れない。
 千鶴には、浩平の気持ちの半分は確実に分かっていた。ただ、それは浩平が自分の気持ちとして意識していない部分も若干入っているが、そのほとんどは、浩平自身が分かっていることである。
 それは、千鶴に対しての思いが、
――そばにいることがすべて――
 という意識であった。
 しかし、浩平の中でその思いと矛盾した考えがあることを千鶴には分かっていた。浩平自身は気付いていないが、千鶴に対してそれ以上の気持ちがあるということだ。だから、お互いに結婚を考えた時にどうなるかが、恐ろしいと思っているのだ。
 その理屈は千鶴にしか分かっていない。
 かといって、千鶴も自分のことを、それほど分かっているわけではないので、浩平のことをあれこれ言える立場ではない。ただ、それも幼馴染であれば少し違っているだろう。
 仕事をしていても落ち着かなかった。
 千鶴と浩平は、今まで立場的に微妙だった。どちらかが、上にいて、どちらかが下だったということが多い。幼い頃は、同等だったが、成長するにしたがって、お互いに紆余曲折があった。それぞれの人間として浮き沈みがあるのは当然だが、二人とも良い時、二人とも悪い時というのは、ほとんどなかった。だが、それだけにお互いを支え合うという意味ではよかったのかも知れない。
――そばにいることがすべて――
 という意識が浩平に生まれたのも、当然と言えるのではないだろうか。
 上下関係の入れ替わりを浩平は千鶴ほど意識していない。それは無意識に、
――意識してはいけないこと――
 として感じているからなのか、それとも、浩平の性格なのか、千鶴は考えていた。
 結論として、
――そのどちらも半々で、浩平は持っているんだわ――
 と感じた。落としどころとしては、ちょうどいいところである。
 浩平に比べて。千鶴の方が、
――熱しやすく、冷めやすい――
 という性格であることを気にしていた。
 熱しやすいのは自分で分かる気がするのだが、冷めやすいというのは、自分の嫌なところでもあった。
 嫌なところだという意識があるのに、どうして、冷めやすくなってしまうのか考えてみたが、浩平がそばにいることが影響しているのかも知れない。
 他の男性を意識して少し気持ちが舞い上がったとしても、いつの間にか浩平と比較しているのを感じる。比較していることで、急に相手が頼りない男性にしか見えなくなる。そんなにまわりが頼りになるという話をしても、浩平と比較すれば、頼りなく見えるのだ。
作品名:時間差の文明 作家名:森本晃次