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短編集46(過去作品)

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 だが、その時間は何事も起こらず、やはり一進一退が続いている。きっと選手にも緊張感が漂っているに違いない。
 後半は、前半と違って時間の感覚が早く流れていた。あっという間に時間が過ぎ、前半で最初の得点を取った時間まであと少しになっていた。
「そろそろ何かありますかね?」
 今度は達男が話しかける。彼女はそれを待っていたように、それまでグラウンドに向けられた視線を変えることがなかったのに、
「いよいよ試合が動くかも知れませんね」
 と、達男の横顔に話しかけていた。
 達男はすぐに振り向くことをしなかった。いつもならこちらに視線を向けてくれた相手のために、急いで視線を戻すのだが、その時はまるでかなしばりにあったかのように、顔を横に向けることができなかった。熱い視線に戸惑っていたようにも思える。
 試合は、相手チームの最後の粘りでそれ以上の得点を挙げられず、結局三対0でホームチームの勝ちだった。
 連敗していたこともあって、サポーターも大騒ぎである。彼女も喜んでいた。
「これからお祝いに、どこか呑みにでもいきませんか?」
 彼女の方から誘ってきた。こんなことがあっていいのかと頬を抓りたくなったほどだが、楽しい気持ちにわざわざ釘を刺すこともあるまい。彼女に従ってついていくことにした。
 スタジアム近くに洒落たバーがある。食事は軽く取れる程度だが、カクテルは豊富に揃っている。ほとんどが居酒屋か焼き鳥屋ばかりの達男にとって、女性とのバーは今までの自分からすれば別世界だった。
 考えてみれば、今まで野球ばかり見てきて、
――野球こそがスポーツだ――
 と思っていたこともあるほどで、そんな自分がサッカーを見るようになったのも、気分転換だけではないのかも知れない。
――大袈裟なようだが、何か人生の中での節目に向っているように思える――
 と感じたほどだ。
 サッカーの話に花が咲いていたので、お互いのことについて話をする暇はなかった。時間だけが過ぎていき、
――これ以上仲良くなるのはこれからのお楽しみだな――
 とこれからの展開をゆっくりとしたものとして自覚しようと考えていた。
 誘ってくれたことに対して不純な気持ちを持ってはいけないことを痛感していたのだが、サッカーの話に盛り上がりながら、どこか寂しげな様子を見せる彼女が気になってしまった。
 女性が寂しげな様子を見せると、どうしても下を向き加減になってしまう。それを見ている男とすれば覗きこむようにして気がつけば鋭い視線を相手に浴びせかけているもののようだ。
 相手の女性もそのことは分かっているようで、下を向いている顔はそのままにして、目線だけを上げようとしている。
 顔を上げた瞬間、目が合ってしまった。胸が一瞬ドキンとしてしまったのは、それまでの彼女の表情と打って変わって何かを求めるような表情をしていたからだ。
 サッカーを見ている時の彼女は、冷静な表情に思えた。サッカーについてはまるで素人である達男にとって、彼女の落ち着いた表情はとても新鮮に感じられたものだ。
 その彼女が何かを求めるような表情をしているのである。
 今までに何人かの女性と付き合ってきて、同じように何かを求めるような表情をされたことがあったが、彼女に感じた思いは今までに一度だけ感じたことがあるものだった。
 それは初めて付き合った女性が何かを求める表情をした時だった。
 その頃の達男はまだ大学に入学したてで、友達があまりいなかった高校時代から気分も一新、急激に友達を増やして、友達が増えることに喜びを感じている頃だったのだ。初めて女性と付き合って、有頂天になっていたこともあって、相手が求めるような表情をしても、それが何を意味していることなのか分からなかった。
――身体を求めていたのかも知れない――
 とも思ったが、それよりも、まず会話がしたかったに違いない。まわりに人がいるところで他愛もない会話はしていたのだが、相手の求めるものが何かなどということまで考えていなかった。身体の関係になるには、まず、お互いに腹を割った会話が必要だと感じたのも、その時のことがあったからだ。その後すぐに別れることになったので、彼女が本当に何を求めていたのかは分からない。
 達男は言葉が出なかった。だが、大学時代の彼女の時と違い、その場面に言葉はいらないと自分で判断ができたからだ。これまでに付き合った女性と何度か身体の関係になっているが、彼女の何かを求める目の中に、淫靡な光を感じたのは間違いではない。柑橘系の香水をさらにきつく感じるようになり、二人の間の空気を支配しているかのようだった。
 そこまで感じると、そこから先は決まっていた。適当なほろ酔いに表の風は心地よく、昼間の暑さを忘れさせるほどだった。ただ、身体に適度なだるさを感じたのも事実で、足が少し浮腫んでいるのではないかと感じたほどだった。
 生暖かい風を感じたのはそれからすぐだった。
 夜も更けてくると、夏特有の体のだるさを感じる時がある。それは決して嫌なものではなく、昼間頑張った疲れが夜になって心地よい疲れとなり、だるさとして感じさせるのである。
 バーを出ると心地よい酔いも手伝ってか、見慣れているはずのネオンサインがさらに煌びやかに感じられた。
――淫靡な煌びやかさだ――
 視線はホテル街のネオンを捉えていた。足が勝手にホテル街へと向いてくる。彼女は決して抗おうとはしない。黙ってついてくる。自然に組んだ腕にしたがってついてくるのだが、歩幅だけは狭く、足を小刻みに動かしていたのが印象的だった。
――まるで初めての女性を連れ込むような感じだ――
 さっきまでとは一味違う。それこそ最初に付き合った女性を思い起こさせる雰囲気を醸し出していた。
 ホテルに入るまでの興奮をそのままに、部屋に入ると、今度は彼女の方が積極的だった。
 部屋に入るや否やいきなり唇を塞がれ、完全に主導権を握られてしまった。男としては当然自分が主導権を握るものだと思っていただけに意外な展開だったが、今までにない展開を以前から期待していなかったわけではない。
――一度くらい相手に主導権を握られてみたいものだ――
 と思っていたのも事実で、彼女に主導権を握られながら考えていたのは、過去に自分が抱いた女たちだった。実に不謹慎なことだが、それだけ任せるということに慣れていないのと、想像以上に頭の中に余裕があるのだった。
 冷静になって今まで抱いてきた女性との時間を思い出していると、どこか自分の中にぎこちなさがあることを次第に感じていたが、それが何であるか思い出せない。
――違和感とでも言うんだろうか――
 いろいろと考えていた。
 そのうちに快感が波のように押し寄せてきて、考える余裕がなくなってくる。自分が主導権を握っての興奮とは一味違っている。じっと目を瞑ったまま興奮に身を任せると、実際に自分が海の中にいて、波に揺られているような気持ちだ。
――母親の身体の中にいるみたいだ――
 人は生まれてくる前は、母親の胎内で羊水に浸かっているという。まさにその状態はまっさらな何も考えられない状態。一番人間の原点ではないだろうか。
 そういえば、
作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次