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短編集46(過去作品)

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 ダブルプレイを防ごうと、一塁走者が二塁ベースに入る野手に対して猛スライディングを敢行したり、ホームベースでのクロスプレイに走者が捕手に対して行うタックルも同じである。
 昔であれば守備妨害で走者がアウトになることが多かったが、昨今のプロ野球では公然と行われている。見ている観客の中にはそれを楽しみにしている人もいるくらいで、
「野球は格闘技だ」
 という人もいる。
――アメリカ野球の影響なのかな――
 昔はまったく歯が立たなかったアメリカのメジャーリーグ、今はそこまで力の差はなく、野球の違いで戦術で勝つことも多くなった。そんなアメリカ野球のいいところを取り入れようと思うのも無理のないことで、逆にアメリカも日本のコツコツとした野球を取り入れるようになったのも事実である。日米で、あまり野球に差がなくなってきたのだろう。
――野球とベースボールという違いが最近ではなくなってきている――
 常々達男は考えていた。
 サッカーの場合はどうだろう。サッカーにはいろいろなバリエーションがある、いわゆるフォーメーションの違いというもので、これは地域での違いではなく、それぞれのチームの特徴でもある。それとは別に組織サッカーと言われるもの、個人技で突破口を開くサッカーと、スタイルにもさまざまだ。それも地域性もあるだろうが、チームによっても当然違ってくる。
 これが野球と同じように近づくことはないだろう。近づいてしまっては、楽しみが半減するし、選手の特徴を生かしたそれぞれの個性がチームワークに結びつくのがサッカーである。
 野球のようにその時々でタイムを取って、サインの確認をいちいちすることもない。プレイの中で選手個人個人がその時々での自分の役割を考えることができなければフィールドではプレイできるものではない。そこまで考えてフィールド全体を見つめていると、達男はすっかりサッカーのとりこになっていた。
「今日初めて見に来たなんて信じられない気分だな」
 と思わず口から漏れてしまったが、
「そうだろう。結構楽しいものさ。サッカーは見ていて目が離せないからな」
 達男の呟いた言葉の意味をどこまで分かっていたか分からない。どうしても野球と比較して見ていて、野球は野球で素晴らしいのだが、それとは違ってサッカーの素晴らしさに目覚めた経緯をきっと分かっていないだろう。
 だが、奇しくも里村が答えた言葉は、今の達男の気持ちをしっかりと指し示していた。結局は
――目が離せない――
 ということに集約されてしまうように思える。途中ホイッスルが鳴ってゲームが中断するのもちょうどいい時間でもある。一旦中断するたびに、フィールドが狭く感じられてくるのは、それまでずっとボールを追いかけてボールの近くの選手に目が集中しているからだろう。知らず知らずに焦点が狭まってくるのを、ホイッスルがなることでリセットしてくれる。
 リセットすると正面の視界がさらに開け、もう一度フィールド全体を見渡す余裕ができるのだ。
 最初よりも次、そしてまた次と、フィールドがだんだん狭く感じられるのはそれだけサッカーに集中していくからであろう。
 その日、応援しているチームは善戦むなしく敗れてしまった。
「ピーッ、ピーッ、ピーッ」
 と、競技場にホイッスルが三度鳴り響いた。試合終了のホイッスルである。
 途端に競技場に流れる溜息、それまでの歓声が一気に溜息に変わるのである。これほど一気に変わるのも野球では考えられないことだった。
 野球でもチャンスに盛り上がり、チャンスを潰すとすぐに溜息に変わるが、ここまでではない。それだけ集中の度合いがサッカーと野球の観客で違っているのかも知れない。
 選手が中央に集合し、観客に挨拶を行う。野球ではないことだった。
「サッカーではファンとは言わないんだ。サポーターって言うんだよ」
 と最初に教えてもらったが、
――なるほど、自分たちがチームをサポートしているという気持ちになれるのがサッカーなんだな――
 と試合終了の挨拶を受けて感じていた。
 試合中、隣でいろいろと里村が解説をしてくれたが、最初に本を読んでルールなどの知識を得ていたので、説明を聞きながらフィールドを見ることでよく分かった。確かに野球よりもルールは難しくないかも知れない。
 だが、野球は小学生の頃から遊んできたもので、難しいルールはそれほど多くない。しかしサッカーは大人になってから、まったく予備知識なく見るものなので、抵抗感という意味からも、なかなか馴染めないのではないかと思える。
 サッカー人気が下火になっていったのは、どうしても野球のように小さい頃から馴染んでいない人から見れば、ルールが難しく、飽きっぽい人から見れば、ずっとフィールドを見つめているのは辛いことであろう。
――俺も飽きっぽい性格の一人ではあるんだが――
 と達男は感じていた。しかし、
「釣りが趣味の人って、結構短気な人が多いんだよ」
 と里村が言っていたが、それに似た感覚かも知れない。
 どうして短気な人が、釣れるまでじっと垂らした釣り糸の先を見ていなければならない釣りをすきなのか分からないが、感覚的なものを想像すると分からなくもない。そこが飽きっぽい性格だと思っている達男が、サッカーのとりこになった一つの要因かも知れない。
――また見に来よう。しかも今度は一人で――
 一人でゆっくり見てみたかった。野球も今まで一人で見に行ったからだ。同じような気持ちでスタンドに座ることで、
――また違った魅力を引き出せるのではないか――
 と感じた達男だった。
 しばらくは仕事の関係で、試合が始まる時間には競技場に来れなかった。日曜日は昼間のゲームなので、さすがに暑さは堪える。どうしても夜のゲームを選んでしまう。
 里村と一緒に行ったちょうど一ヵ月後、仕事が一段落したので、競技場へと足を伸ばした。
 相変わらず競技場には閑古鳥が鳴いていて、試合開始だというのに、賑やかなのは応援団周辺だけである。スタンドのちょうど中間くらいの高さが一番全体が見渡せると思った達男は、ゆっくりと腰を下ろして、頬杖をつくような恰好でグラウンドを見つめていた。自分の前方で見ている観客もほとんど同じ恰好で、一番後ろから見ればさぞや滑稽に見えることだろう。
「ピーッ」
 ホイッスルとともに、センターサークルからボールが軽く蹴り出される。試合開始のキックオフである。
 一度見ているので、ボールを中心に見ながら全体を見渡すことができるようになっていた。前と同じように時間が経つにつれてフィールドが狭く感じられた。動き早いのだが、目で追いかけることは十分にできた。
 その日の相手はいわゆる格下。怒涛の攻めが展開されている。五分に一度はシュートまで持っていっているが、決定力不足のためか、なかなか点数が入らない。
 ボールの支配率も八割方ホームチームが制している。残りの二割は相手チームがカウンターで奪っても、最後はセンターラインを越えたところで、すぐにディフェンダーにボールを奪い返される。
作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次