小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集46(過去作品)

INDEX|2ページ/21ページ|

次のページ前のページ
 

 確かにプロ野球の方でも危機感を募らせ、何とか野球人気を再度沸騰させようという努力があったのもサッカー熱を冷まさせるに効果があっただろう。だが、それよりも所詮サッカーというスポーツが日本の国民性に合っていなかったのかも知れない。ワールドカップが近づけば、サッカー熱はまた上昇してくるが、プロリーグの人気が戻ってくるわけではない。国と国の戦いというものが、国民性を煽るのだろう。そういう意味で、達男はサッカーがさらに好きにはなれなかった。
 プロ野球の応援でも孤独な応援をずっと続けてきた達男は、いつの間にか自分が判官びいきであることに気付いていた。人気チームにだけは反骨精神をむき出しにする態度も気に入っていた。だが、実際に人気チームに対する反骨精神に対して応援したいのではない。他のチームとやる時の気合のなさを何とか自分が応援することで目を覚まさせたいという少し変わった精神状態での応援だった。
 こんなことを今まで人に話したこともない。
「お前は変わっているな。それって本当のファンじゃないぜ」
 と言われるのがオチだと思ったからだ。
――俺は本当のファンじゃないかも知れない――
 と感じたが、では、本当のファンとは一体何だというのだろう。達男は考えていた。
 強いチームを他の人と一緒に集団意識の元に応援するというのは論外である。あくまでも集団意識を外したものがファンだという意識を持っていた。達男の意識は他の人とはかなり違っているのである。
「サッカーの券があるんだけど、一緒に行かないか」
 里村がとうして達男を誘ったのか分からない。
「いつだい?」
「今度の土曜日なんだが、何か予定でもあるのかい?」
 予定は別になかった。返事を返しかねていると承諾だと判断したのか、
「じゃあ、午後二時からの試合なので、一時には競技場の近くまで行くようにしよう」
「よし、分かった」
 断る理由もない。嫌いだと思っていたサッカーだったが、このまままったく見ないまま嫌いでい続けるのも考えものだ。誘ってくれたのもいい機会だ。行ってみることにした。
 少し本を読んで勉強してみようと思っていた。
――食わず嫌い――
 という言葉もあるではないか。知らないから好きになれないということもある。好きになれないという理由の中に、同僚から言われて気に障っている「イエローカード」という言葉、一体どういうものなのかというのも、気になるところだ。
 まったく知らないというわけではないが、オフサイドなどという言葉を聞くと、難しいと思ってしまう。「キックオフ」にしてもそうだが、オフという言葉が多いのもサッカーの特徴なのだろうか。
 会社の帰りにある本屋、いつも電車での通勤だが、駅前のビルに大きな本屋が入っている。
 以前は仕事が終わってから立ち寄ることも多かった。入社当時は、まだまだそれほど責任のある仕事を任されていたわけでもなく、言われた仕事を忠実にこなすのがそれほど苦手ではなかった達男は、それほどの残業はなかった。ミスが多くなったのは精神的なものがあるのかも知れない。
 一度ミスを犯すとどうしても慎重になってしまう。最初は怖いもの知らずでどんどんこなしていくのだが、一度失敗してしまうと、
――これからもこれでいいのだろうか――
 疑心暗鬼に襲われる。
 人によっては、一日で切り替えられるような楽天的な人もいるのだろうが、達男はそうではなかった。考え込むとついつい深みに嵌まってしまって、自分の考えが空回りすることが得てしてある。
 そのことを達男自身は自覚していた。
「自分の仕事を自覚していないから同じことを繰り返すんだ」
 と上司から怒られるが、自覚しているからこそ余計にプレッシャーになってしまう人もいる。
 それも達男には分かっている。分かっていてどうにもならないのだ。それだけプレッシャーをまともに受けてしまうのは、責任感が強いということの副作用とも言えるかも知れない。
――そんな時は本を読むに限る――
 と考えていた。別に難しい本を読むわけではない、仕事には何の関係もない娯楽小説や、趣味の雑誌を読むことで気分転換になったりするというものだ。
 野球が好きだった達男は、雑誌コーナーに立ち寄る時は必ずスポーツ雑誌を見ることにしている。プロ野球のコーナーは結構いろいろあってちょっとした時間を過ごすことができる。その横にはプロサッカーリーグの特集もあったのだが、それも年々狭くなっていることは分かっていた。
――興味がないくせに、いつもよく気になるものだ――
 と我ながら感心しているが、興味がないなりに気にしているのは、一度手に取って見てみたいという願望があったからに違いない。
 一度開いてみたことがあった。最初は試合のクライマックスの写真に、インタビュー。それはプロ野球雑誌と変わらない。中を見ているとスター選手の特集やグッズ、どこまで行ってもプロ野球の二番煎じに思えてならない。
――見なきゃよかった――
 二番煎じは大嫌いだった。判官びいきになった理由の一つに、
――他の人と同じことをしていても面白くない――
 という思いが強かったからだ。ミーハーと言われる人たちが大嫌いで、特に芸能人の追っかけなど、虫唾が走るほどである。
 しかし、今はサッカー人気も下火である。今だったらミーハーではないはずだ。今残っているファンは本当のファンであり、にわかファンをその当時どのような思いで見ていたか聞いてみたいと思っていた。
 実は今回誘ってくれた里村も、サッカー人気が下火になり始めてからサッカーを見るようになったらしい。
「皆がワイワイ言ってる時は冷めた目で見ていたこの俺が、今ではサッカーをよく見に行くんだからおかしなものだよな」
 と言って笑っていた。
 元々は会社がスポンサーになっていたサッカーチームのチケットが安く手に入ることから始まったようだ。今でこそスポンサー契約は打ち切られ、チケットが安く手に入ることはないが、ファンになってしまえば関係ない。里村は、自分からファンクラブに入って、チケットを安く買っていたのだった。
 本屋に入った頃は、まだ夕日が明るく、日差しが差し込んでくるほどであった。ビルの中に入ると時間の感覚が麻痺してしまって、気がつけば一時間などあっという間だった。その日はさすがに久しぶりに本屋に寄ったということもあり、足がすぐに痺れてきた。時計を見ればまだ三十分も経っていない。サッカー雑誌を一冊買って、本屋を後にした。
 ビルの中に馴染みの喫茶店があった。以前は本屋で文庫本を買っては、喫茶店で読書をしていたものだ。気分転換にはもってこいである。
 久しぶりの喫茶店は、人の入りもそれほどではなく、いつもの窓際の席が空いているのを見ると、すぐにその席に向った。
 まわりを見ることもなく、すぐにいつもの席に向うのも普段と変わりない行動である。席に座ってコーヒーを注文してから店内をゆっくりと見渡すのだった。
――まるで昨日も来たみたいな感覚だな――
 確か二ヶ月ぶりくらいではないだろうか。それほど久しぶりなのにまるで昨日のことのように思うのは、ここに来なくなる前がほとんど毎日のように来ていたからだ。
作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次