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短編集46(過去作品)

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――もし不思議な力が備わっているとすれば、一回か、三回だろう――
 綾子は妙なことにこだわった。
 一度というのは分かるが、二度ではなく三度というのは、人間にとって不思議な力や、迷信というものが奇数に縁があるということを知っていたからだ。
 たとえば初詣などでもいうではないか。「三社参り」などと言って、
「初詣に行くなら、偶数ではなく奇数に抑えなさい」
 と、言っていたのは他ならぬ母親だった。
 またおとぎ話や、昔からの言い伝えの多くは、
「願い事は三度」
 と、いうのが多い。それも日本に限らず、世界共通なのかも知れない。「人魚姫」の話も確かそうだった。女の子なら誰でも読んだことのある人魚姫、好きになった人に言える言葉は三度だけ。悲しくも切ない物語である。
――だとすれば、あと人生の中で二回よね――
 と感じていた。
 もし、予知能力をその時に感じなければ、そのまま、
――予知能力なんて非科学的なものは、存在しっこないんだわ――
 と思って大人になっていたことだろう。しかし、一度自分で感じてしまった予知能力、絶対的に信じられるとは行かないまでも、あと二回あると思うのも当然である。
――だが、知らないうちに今までに使っているのかも知れない――
 とも感じてしまうのは、取り越し苦労だろうか。この間だって、後から父親の浮気が露見したから、あれは予知能力だったのではないかと思えたのだが、もし露見しなければ、
――限りなくリアルに近い夢――
 として片付けていたかも知れない。
 綾子には嫌な予感があった。それは、近いうちにもう一度予知能力を発揮することがあるのではないかというものだった。ひょっとして、それがすでに二回目の予知能力なのかも知れないと思い、複雑な心境に陥っている。
 予知能力を発揮した最初は嫌なことだった。後二回も嫌なことに違いないだろう。それこそ思い込みかも知れないが、いいことを予知しても、それは予知能力として、効力が半減するのではないかと思うからである。
 何はともあれ、今家庭は一触即発、あまり家に帰りたくないという気持ちは娘としては当然であろう。特に中学生という思春期真っ只中、精神的に平常心でいられるはずもない。
 姉は、あまり家に帰ってこなくなった。姉にも彼氏がいることは知っているが、その彼氏は大学生である。綾子から見れば完全に大人の男性。高校生から見れば頼もしく見えるのだろうが、中学生の綾子から見れば、頼もしいというよりも怖いに近い、
――大人の男性――
 それは父親も同じ大人の男性だからだ。
 綾子は家に帰ってきても、あまり誰とも話さない。姉とは以前からずっといろいろな話をしてきたが、彼氏のところに入り浸っている姉とできる話があるはずもなく、いつも一人だった。
 綾子も須藤のところに行けばいいのだろうが、どうも須藤の胸に飛び込む勇気がない。彼氏として付き合っているという自覚はあるのだが、どこかが違う、オブラートに包み込むような一線を画すところのある須藤を見ていると、どこか父親を思わせるところがある。
 元々綾子は小さい頃、父親が好きだった。どっしりとした風格が子供心に頼もしさを感じていたのだが、子供の頃に感じた父親の風格を須藤に感じていた。
 何を考えているか分からないところがあったが、それも頼もしさから差し引いても、他の男性にはない素晴らしさが感じられた。だが、それも希望的観測があってのこと、どこか一つでも疑問が起これば、どう感じ方が変わるか分からなかった。
――まるで両刃の剣のような感覚だわ――
 母親が父親を見る目が同じであったことに最近気付いた。
 そういえば、母親は父親にあまり口答えすることなく、黙ってついていく人であった。それを父親の風格と、母親の女性としてのおしとやかさだと思っていた。子供心にそこまで感じるのもすごいと思うが、だからこそ、家庭もうまくいっていたのだろう。
 だが、母親が黙っていたことがどういうことか、今の綾子なら分かるような気がしていた。
――逆らえなかったんだ――
 何を考えているか分からないが、相手を信頼できる。不安ではあるが、信頼することが一番だと感じて、なるべく波風を立てないように考えている。
 それを消極的だという人もいるだろう。
 だが、女性というのは元来そういうものではないのだろうか。以前、親が離婚した友達が話していたのを思い出した。
 それまで友達は、父親の気持ちも母親の気持ちも、どちらも分からずに苦しんでいたが、
「それって無理なのよね」
「何が?」
「両方ともいっぺんに理解しようとするなんて無理なのよ。どちらかの立場になって考えないと無理だってことね」
 離婚まで顔色が悪く、虚空を見つめる目が痛々しかった友達は、両親の離婚が決まってから急に表情が晴れやかになった。
 綾子はそれを開き直りだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「私はお母さんの立場になって考えたの。女性って、ギリギリまで我慢するけど、それができなくなると、何を言ってもダメなのよね」
 何となく分かる気がしたが、綾子の考えとしては、それは極論だと思っていた。そういう傾向にあるという話は聞いたことがあったが、なかなかそこまで思い切ることは難しいのだろうと考えていたのだ。
「離婚の原因はお父さんには分からなかったみたい。でも、それがお母さんにはさらに許せないことのようなのよね」
「お父さんとしても、何とかしようと思っているんでしょう?」
「それはもちろんね。でも、男性は昔のよかった頃をどうしても思い描くので、相手もその時の気持ちに戻れると思っているみたいなの。結構わがままな性格よね」
「それは女性もお互い様かもね」
「気持ちのすれ違いって、男性と女性では決定的なものなんでしょうね」
 と言いながら苦笑いをしていたが、今の綾子はその時の友達の気持ちが少し分かってきたように思えた。開き直りという言葉があるが、それは根拠がないわけではない。それなりに自分の中で気持ちを消化しているわけなので、理解がともなっているはずである。
 須藤を見ていると、一緒にいても、
――心ここにあらず――
 という時がある。何を考えているのか分からないが、それも彼の魅力の一つだった。
「須藤君と付き合っているんだって?」
 あまり親しくないクラスメイトから、いきなり声を掛けられた。クラスでは静かなタイプだが、決して目立たないわけではない。絶えず彼女のまわりには誰かがいて、それは男性であることもあれば、女性であることもある。
――男性、女性と分け隔てない性格なのかも知れないわ――
 と勝手に綾子の方で性格分析をしていたものだ。しかも彼女は自分から話しかけることはあまりない。人から頼られる方で、性格的には男性的なところがあるのではないかと思えた。
 もう一つ彼女の性格で言えるのは、勘が鋭いところだった。それは噂として聞いただけだったので、急に須藤の話を持ち出されて、少し嫌な予感がしたのも事実である。
「彼ねえ」
 いきなり声を掛けてきたわりには、やけに思わせぶりだ。
「何なのでしょう?」
 と、痺れを切らして声を掛けてやっと話し始めた。声を掛けなければ、ずっと黙ったままだったかも知れない。
作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次