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短編集46(過去作品)

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「彼、どうしようもない浮気男なのよ」
「えっ?」
 思わず、声が出てしまった。いろいろなことが頭をよぎる。走馬灯のようにとまではいかないが、一瞬にして頭の仲でいくつも考えることができるなど信じられなかったが、頭が混乱するというのは、こういうことを言うのだと、綾子自身の中で妙な納得があった。
「彼、最初は女性に興味がないっていう雰囲気を相手に与えておいて、そして近づいてくる。付き合ってみると、意外と優しいので、たいていの女性は、彼の包容力にメロメロになるんだわ」
 言われてみれば、その通り。そのことをよく分かっているということは、彼女も同じ穴のむじなであることは間違いないだろう。十中八九、彼女も須藤と付き合っているか、以前まで付き合っていたかである。
 今は付き合っていないとしても安心できない。彼と別れたあとも、しつこく次に付き合い始めた女性をつけ回すのだから、彼女の性格も相当なものだが、そこまで根に持たれる彼も相当なものと言えるであろう。
 その彼女が言うのである。信憑性は高いと思うべきだろう。
 いや、ひょっとして彼女にとって綾子が彼の浮気相手なのかも知れない。いつから付き合い始めたのか聞いてみたい気もしたが、それは整理がつかない頭の中が許さなかった。
――聞いたとしても、それ以降の話が続かない――
 どう感じたからだ。
 意外ときっかけさえあれば話は続くものかも知れない。だが、それも彼女の性格を分かった上でのことだ、少なくともいきなり現われて彼のことを暴露した彼女を見ているだけでは、彼女の性格まで図り知ることは不可能だった。
 クラスメイトであっても、あまり話をしたことがない。それは、お互いに無意識に避けていたからかも知れない。
――お互いに似た性格ではないだろうか――
 須藤が彼女の言うとおりの男であれば、男として好きになる女性のタイプというのは、それほどたくさんはないはずである。全部が全部同じというわけではないが、幾分かの共通点が彼女との間にあるからこそ、彼女とは同じ穴のむじなとなるのだ。
 彼女との話にどれほどの時間が費やされたか分からない。同じような気持ちになったのがごく最近だったのを思い出した。そう、母親を尾行した時である。
――時間が凍り付いてしまったのではないか――
 と感じた時であった。
 頭が混乱した時は、自分のまわりにあるものは皆凍りついてしまうのではないかと感じたことがあったが、実際は時間が凍りついたのだ。自分の中でまわりを凍りつかせることを思えば、自分を取り巻く時間だけが凍り付いてしまう方が理屈としては納得がいく。ただ、どちらにしても、信じがたいことであることに間違いはない。
 綾子は、同じ思いをその日の夜にした。
 彼女は夢を見た。夢というのは見ていて、
――今、自分は夢を見ているんだ――
 と思うことは稀である。よほど楽しいことか、よほど辛くて逃げ出したいようなことか、要するに読んで字のごとく、現実離れしていることを感じた時に、それが夢であると自覚するものだと思っている。
 では、その夢はどちらだったのだろう?
 綾子には何とも言えなかった。どちらかというと、夢を見ているという感覚の中で、
――見ている――
 という意識が強かった。まさに他人事であったのだ。
 夢に出てきたのは、一人は男性、もう一人は女性。男性は自分の父親だが、女性は見たこともない人ではあったが、どこかのスナックの女性であることは見当がついた。そして、その女性が父親の不倫相手であると直感したことで、最初にそれが夢であるということを認識させたようなものである。
 バーの女性と父親は並んで立っている。別に話をしているわけではないので普通であれば異様な光景なのだが、それを異様と思わせないところが、夢の夢たる由縁ではないだろうか。
 父親は綾子に気付いていないようだが、浮気相手の女は綾子に気付いていて、いかにもいやらしい笑みを浮かべながら、綾子から視線を逸らそうとはしない。
 綾子にしても視線を逸らしたいのだが、それを許さない雰囲気が彼女にはあった。それがこの女の恐ろしいところなのだ。
 会ったこともない女に見つめられて身動きが取れない。金縛りに遭ったようになって額から汗が滴り落ちる。なぜ汗が滴るかというと金縛りに遭っているからだけではない。本当であれば父親を奪った、そして家庭を崩壊へと導かんとする憎い女、その女の前で何もできない自分が悔しいのだ。
 リアルではあるが、夢だとハッキリと意識している自分なので、何でもできそうに思う。だが、実際には何もできないでいることが悔しさを呼ぶ。
 精神的に悔しいのに、気持ちとしては、少し落ち着いている。なぜなら、
――まるで他人事――
 という思いがあるからだ。
 しかし、落ち着いているその手に持たれているのは、登山者が使うようなナイフだった。ナイフは黄色掛かったような光を発しているように思うのは錯覚かも知れないが、手に持っているナイフの重たさを感じていた。黄色という色が錆びれたような色をイメージし、錆びれたものが重たく感じるというイメージを頭の中で持っていたからだ。
 しかし、黄色く光っていたナイフを少し傾けてみると、そこには綺麗に自分の顔が写っている。刃こぼれひとつしていないナイフの切れ味は、一瞬にして黄色のイメージを真っ赤に変えるだけの力を持っていることを示していた。
 ナイフを持って二人に正対しているにもかかわらず、父親も女も実に落ち着いている。綾子がナイフを持っているのを知らないかのごとくであるが、よく見ると、女の手にもナイフが握られている。ナイフは怪しく光っていて、女の顔を映し出しているが、よく見ると、怯えているようにも見える。女の表情がみるみる変わっていくのを感じたが、その顔が次第に、自分の母親に見えてくるのだった。
 怯えている母親の顔など見たいはずもない。しかし、目を閉じると、いつナイフが飛んでくるか分からない。かといって、目を逸らそうにも、開けていると視線はナイフに写った母親の顔に釘付けになってしまっていてどうにもならない。
 綾子は明らかに自分の中にある殺意を感じていた。それが女に対しての殺意だけではなく、父親に対しての殺意も感じていた。
 どちらが余計に憎いと言われると、答えられるものではない。夢の中で、父親と女は同じレベルで憎いのだ。
 二人を見つめてナイフを構えている自分の姿が、頭に浮かんでいた。
――このままナイフを突き立てることなく、じっとしていることになるんだろうな――
 と、他人事の自分が漠然と考えている。鬼気迫る表情は憎い相手を殺してしまいたいにもかかわらず、殺してしまっては、すべてが終わってしまうことが分かっている。それは自分が殺人犯として捕まってしまうなどという次元のものではない。二人を生かしておかないと、自分がこれから後悔することになるという思いからであった。このまま二人がこの世からいなくなれば、幸せが戻ってくるわけではない。少なくとも以前のような平和で楽しい生活は二度と戻ってこない。
 このまま二人を生かしておいても、二人の気持ちが変わらないのであれば同じことかも知れない。だが、綾子はその時、
作品名:短編集46(過去作品) 作家名:森本晃次