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第八章 交響曲の旋律と

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10.飛翔の調べを運ぶ風−1



 桜若葉が、風に揺れる。
 瑞々(みずみず)しい新緑が陽光を透かし、葉脈の紋様を薄っすらと浮かび上がらせる。
 花の舞台が幕を閉じたのは、ほんの少しだけ前のこと。けれど、庭の様相はすっかりと移り変わっていた。


 ハオリュウは実家に戻り、父と異母姉の盛大な葬儀をあげた――。

 鷹刀一族の屋敷を去る前、ハオリュウは、自分の客間にルイフォンを呼び寄せた。
「異母姉は貴族(シャトーア)としての一切の権利を失います。身分としては自由民(スーイラ)。いえ、死者となるのですから、自由民(スーイラ)ですらないでしょう」
 ハスキーボイスに似合わぬ、闇色の瞳でハオリュウは言った。
「ハオリュウ。俺としては、メイシアは藤咲家に戻るので構わないんだ」
 いずれは迎えに行くけど――という言葉を、ルイフォンは飲み込んだ。この場で話をややこしくする必要はない。
 対して、ハオリュウは意外そうに瞳を瞬かせ、けれど肩をすくめた。
「何を甘いことを言っているんですか。これから我が藤咲家は、難しい状況に陥ります。異母姉がいれば、異母姉を手に入れた者が当主となるでしょう」
「けど、メイシアがいても、お前が正統な後継者だろう?」
 未成年で、母親が平民(バイスア)の後妻だから立場が弱いのだ、という説明は聞いている。けれど、それは建て前にしか見えない。
「本当は、メイシアが藤咲家にいても、お前が当主になるのにそれほど大きな障害にはならないんだろう? それよりも、貴族(シャトーア)としては、凶賊(ダリジィン)の息子である俺との仲を、公然と認めるわけにはいかないから、メイシアを死んだことにする――だろ?」
 畳み掛けるルイフォンに、ハオリュウはむっ、と眉を寄せ、唇を尖らせた。
「分かっているなら、わざわざ言わないでください!」
 メイシアの表向きの死は、彼女がルイフォンを得るための対価。
 貴族(シャトーア)の相手としてふさわしくないルイフォンを選んだのだから、彼女は貴族(シャトーア)ではいられない、ということだ。
 けれど、あからさまにそう言わないのは、ハオリュウの気遣いであり、彼なりの祝福だろう。
「……でも本当に、懸念材料はあるんですよ。僕がすんなり当主になれない、ね」
「え?」
「お忘れですか? そもそも、今回の事件の発端はなんだったのか?」
 ハスキーボイスが、いつになく鋭く響き、漆黒の瞳が深みを帯びる。それは紛れもない、為政者の顔だった。
「あなた方、鷹刀一族からすれば、凶賊(ダリジィン)同士の抗争が根底にあるかもしれませんが、藤咲家から見れば、当家が女王陛下の婚礼衣装担当家に選ばれたことが始まりなんです」
「ああ、そうだったな」
 すっかり忘れかけていた話に、ルイフォンは曖昧に頷く。
「当主が子供では、安心して衣装担当家を任せられぬと、撤回される恐れがあります。――そういう名目で、僕を排斥する可能性はあるわけです」
 ハオリュウは、当主として立てば終わり、というわけではない。その先ずっと、華奢な双肩に藤咲家の命運を担っていく。
 領地を治めることは勿論、婚礼衣装担当家としての責(せき)も、子供だからと陰口を叩かれぬよう、大人以上に立派に果たさねばならぬだろう。
 生半可な覚悟では務まらない。
 異母姉のメイシアに政治的手腕があるとは思えないが、そばに居れば、心労続きとなるハオリュウの安らぎの場所になるはずだ。
「俺は、お前からメイシアを奪うんだな」
 ぽつりと、ルイフォンは呟く。
 それはハオリュウからすれば唐突な言葉で、彼は訝しげに顔をしかめた。
「そうですよ? 今更、何を言っているんですか?」
 ルイフォンは、改めてハオリュウを見やる。
 初めて会ったときから、ただ者ならぬ雰囲気をまとっていたが、それは追い詰められた者が持つ、繊細で儚げな強さだった。けれど、今の彼は、言うなれば、受けて立つ者の強さ――。
「ありがとう。――感謝する」
『すまない』とは、言わない。すべてを承知して許し――赦(ゆる)し、認めてくれたハオリュウに、謝罪は失礼だ。
「お前、俺の義弟になるんだな」
「死者となる異母姉は正式な婚姻はできませんが、そういうことになりますね」
 ハオリュウが、愛想のない声で答える。必要ならば、幾らでも無邪気な笑顔を振りまける彼だが、素の顔はそっけない。けれど、それも気を許しているからこそだと、ルイフォンにも分かっている。
「不思議だな。お前には、もっとメイシアとの仲を反対されると思っていた」
『反対』というよりも、『妨害』に違いないと思っていたことは黙っておく。
 ハオリュウは眉間に皺を寄せ、不快げに溜め息をついた。
「僕があなたを認めたことに一番驚いているのは、僕自身だと思いますよ」
「……」
「僕の大切な姉様を託す相手として、あなたは本当にふさわしいのか、否か。もっと時間をかけて見極めたかったですね。……正直、あなたの邪魔をする機を逃した、という気がしてなりません」
 やはり『妨害』で正しかったと、ルイフォンは心の中で苦笑する。
 そんなルイフォンの内心はつゆ知らず、ハオリュウは、ふっと真顔になり、遠くを見る目をした。
「……いろいろ、ありましたね。あなたが先頭きって、父様を救出する作戦を立ててくれて――」
 ハオリュウは押し黙る。こみ上げてくる思いを抑えるように、ぎゅっと口を結ぶ。
 そして、目線を近くに――ルイフォンに移した。
「あなたには、感謝しかないんですよ」
 ふわりと、ハオリュウが笑った。
 決して涙を見せない彼の、泣いているような笑顔。
 それは穏やかで、優しげで。父親のコウレンとよく似ていた。
「異母姉を頼みます」
 義弟からの、強い願い。
「勿論だ。任せろ」
 ルイフォンは深々と頷いた。

 ――そうして、ハオリュウは屋敷を去った。

 藤咲家の当主一家は、家族四人水入らずの周遊中に、不慮の事故に遭ったと公表された。
 周遊といっても、素朴で慎ましい、ただの森林浴である。
 のんびりと自然の中を散策しているうちに道に迷い、一家は誤って渓谷に落ちたのだという。平民(バイスア)出身の妻が羽根を伸ばせるように、と当主が計画した小旅行で、護衛はつけていなかった。
 当主と長女の遺体は見つからず、妻はショックのあまり気が触れてしまった。
 そんな中、重症を負いながらも奇跡的に助かった長男は、悲劇の貴公子として扱われた。
 普段は、貴族(シャトーア)など別世界の存在だと、崇敬と羨望の眼差しを向ける国民たちも、年少ながら利発な受け答えをする彼に涙し、十人並みの容姿さえ『親しみやすい』と好ましく評した。母親が平民(バイスア)出身だというのも、彼の人気にひと役買っているらしい。
 これと前後するように、女王陛下がご婚約されるとの噂が、人の口に上るようになった。
 しかも、婚礼衣装を担当するのは、注目の藤咲家であるという。
 若き女王の婚礼を、若き藤咲家の当主が飾る。
 国民の期待が一気に高まった。
 ――嫡男である彼が当主となることを、一般の国民たちは疑わなかった。
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN