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第八章 交響曲の旋律と

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 王族(フェイラ)や貴族(シャトーア)が圧倒的な力を持つこの王国でも、国民の人気という形なきものは、決して無力ではない。結局のところ、国民がいてこその国だからである。

 支配階級の貴族(シャトーア)に対し、一般国民がこれほど好意的になることは、自然に起こりうることなのか。
 そして何より、箝口令が敷かれていた女王陛下の結婚について、いったい誰が情報を漏らしたのか。
 そこにクラッカー〈猫(フェレース)〉や、繁華街の情報屋トンツァイの名を見い出すことができる者は、ごくわずかである。


 情報屋トンツァイの表の顔は、食堂兼酒場の主人である。繁華街の中でも、なかなか評判の良い店で、昼時ともなれば客はひっきりなしだ。だから、部下からの知らせを受けたとき、彼はちょうどランチメニューのチャーハン五人前を作り上げたところであった。
 この忙しいときに、とトンツァイは顔をしかめた。暇さえあれば、悪友どもとカードに興じてばかりの息子、キンタンですら真面目に給仕を手伝っている時間帯だ。
「かき入れ時にすまんなぁ」
 痩せぎすの体をかがめて頭を掻き、トンツァイは隣で野菜を刻んでいる女房に言う。
「なぁに言ってんの! そっちが本業でしょ」
 彼女は、トンツァイとは対照的な恰幅のよい体を揺らしながら、包丁を持っていないほうの手で亭主の背中をどんと叩いた。
「けどよ。また貧民街で若い女の死体が出た、って情報なんだよ。気にはなるが、それほど重要かというと、よく分からなくてよぉ」
 貧民街で死体など、珍しくもない。
 だが、ここで報告されてくる死体には共通点がある。体の前面は綺麗なものなのに、背面だけが見るも無残なほどに焼けただれているのだ。
 初めは、何か重大な事件に違いないと、トンツァイは、はりきって部下に調べさせていた。けれど、最近では、『そういう嗜好』の貴族(シャトーア)なり凶賊(ダリジィン)なりが弄んだ、娘たちの成れの果てなのではないか、という気がしている。
 ほうぼうの情報と照らし合わせても関連を見いだせず、その特徴的な死体が発見される以上の事件は何も起こらないからだ。
「そんなこと言ってないで。これから何か重要な事件が起きるのかもしれないでしょ!」
 乗り気でない亭主に、女房は豪快に笑いかける。
「あたしは、あんたの裏の顔に惚れているんだから!」
 体型から彼女が亭主を尻に敷いているように見えるが、実は彼女のほうがぞっこんだった。
 あとは任せて、と言わんばかりに、彼女は胸を叩く。この頼もしすぎる女房を、トンツァイもまた、年甲斐もなく可愛いと思っていた。
「おぅ、行ってくるぜ!」
 彼は女房の額にちゅっと口付けた。

 現場には、部下と共に、思わぬ人物が待っていた。
「あらぁ、トンツァイ。遅かったわねぇ」
 長めの後れ毛を肩から転がし、彼女はアーモンド型の瞳を楽しげに歪ませた。
「シャオリエさん、どうしてここに?」
「若い娘が被害に遭っていると聞けば、うちの娘たちも襲われないか、心配になっても不思議ないでしょう?」
 シャオリエは娼館の女主人である。だから、彼女は多くの娘たちの面倒を見ている。
「けど、シャオリエさん。被害者たちは、このへんで見ない顔ですよ。無差別に襲われているわけではないでしょう」
 そう言ってからトンツァイは、シャオリエが本心を言っているわけではないことに気づいた。
 彼女は彼女で、この特徴ある死体を気にしている。この前、死体が見つかったときも、現場でかち合った。
 あれは確か、ルイフォンと約束があった日だ。
『仕立て屋に化けた、ホンシュアという名前の女と、斑目と厳月家の関係について調査してほしい』――そう依頼され、報告することになっていた。
 あのときはシャオリエに捕まったおかげで、彼を待たせてしまったのだ。
「トンツァイさん、背中側の写真を撮りました。顔も撮りますよね?」
 部下が呼びかける。
「ああ」
 死体の写真など、決して気持ちのよいものではないが、それは仕方ない。
 ――と、部下が死体の顔を上に向けたとき、トンツァイは目を疑った。
 職業柄、彼は人の顔をよく覚える。少し髪型が変わったくらいで、見間違ることはない。
 明らかに生命を宿していない、青白き女の、その顔は――。
「『ホンシュア』!?」
「トンツァイ! お前、『ホンシュア』を知っているの!?」
 衝撃に叫んだトンツァイの声を、シャオリエの高い声が更に上回る。
「あ、あ――」
 開きかけた口を止め、情報屋トンツァイの顔がにやりとする。
「シャオリエさん、ここは情報交換といきましょうぜ?」
「馬鹿ね、トンツァイ。そういった時点で、お前の負けよ。この女は『ホンシュア』ってことね」
「いやいや、シャオリエさん。それはまぁ、そうなんですが、それ以上の情報を俺が知っているってことも、あるわけでしょう?」
『それ以上の情報』などないのだが、ハッタリは重要である。
 シャオリエは「ふぅん」と、見透かしたような目でトンツァイを見た。
「まぁ、いいわ。お前には、いろいろ無茶も頼んでいるし、機嫌をとっておくのも大事ね」
 そう言って彼女は、ホンシュアの死体に近づき、しゃがんで手を合わせた。意外な行動にトンツァイは面食らうが、なんとなく彼女に倣う。
「この娘が『ホンシュア』なら、今まで同じような姿で亡くなった娘たちは皆、熱暴走を起こした〈天使〉ということよ」
「〈天使〉?」
「〈七つの大罪〉の実験体よ。私も詳しいわけじゃないわ。だから今までは、遺体を見ても気にしすぎだと思っていたのだけど……」
〈七つの大罪〉の言葉に、トンツァイは、ごくりと唾を呑んだ。
 危険な匂いがぷんぷんする。けれどそれは情報屋にとっては、甘美な匂いでもある。
「それで?」
「え? それだけよ? だって言ったでしょ。私は詳しくない、って」
 ――はぐらかされた。
「……まぁ、シャオリエさんに期待した俺が、馬鹿ですよ」
「あらぁ、なんか失礼ね」
 口ではそう言うものの、別にシャオリエは怒っているわけではない。くすくすと笑いながら、トンツァイの反応を楽しんでいる。
 ならば、とトンツァイは少しだけ図に乗ってみた。
「では、厳月家の当主の急死についてなら、詳しく知っていますか?」
 藤咲家の当主の葬儀が盛大に行われている一方で、ライバルである厳月家の当主が何者かに暗殺された。
「あれは、藤咲家の姉弟の報復でしょう?」
 それを知って、どうするというわけでもない。
 ただトンツァイも、一連の事件に関わった人間として、事の顛末の真実を知りたかったのだ。
 シャオリエは口の端を上げた。
「鷹刀が、あの姉弟に手を貸したのか、と訊きたいのかしら?」
「ええ、まぁ、そうですが――。……もし、厳月家の当主の死因が毒殺か、刀傷なら、わざわざ訊いたりしません。ただ、頭に一発、鉛玉を撃ち込まれたと聞いたんで……」
 凶賊(ダリジィン)は――特に規律を重んじる鷹刀一族は、銃を使わない。だから、トンツァイは腑に落ちなかったのだ。
「鷹刀は、やってないわよ」
 シャオリエは、さらりと答える。そして、肩をすくめて笑った。
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN