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第八章 交響曲の旋律と

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「パパ! パパ!」
 愛娘の声に、タオロンは、はっとする。慌てて携帯端末を取り出して、〈蝿(ムスカ)〉を呼び出した。
 ほどなく現れた〈蝿(ムスカ)〉は、やや不機嫌そうな様子だった。ファンルゥが、さっとタオロンの影に隠れ、服の裾を握る。
「あなたから連絡があったので、てっきり例の件の色良い返事かと思ったんですが――。また、厄介なことになっていますね」
〈蝿(ムスカ)〉は、鼻を鳴らし、大仰に溜め息をついた。
 タオロンもファンルゥも気づかなかったが、ルイフォンに壊されたサングラスは、予備のものに替わっていた。一目見れば鷹刀一族の者と分かる容貌を、斑目一族の前で晒すのは得策ではないからだ。
「彼女はいったい、何者だ?」
 タオロンはホンシュアを示し、当然の疑問をぶつける。
「見ての通り、〈天使〉ですよ」
「真面目に答えろ!」
「心外ですね。私はきちんと、お答えしていますよ? それとも、『〈七つの大罪〉の技術の結晶』とでも言えば、納得されるんですか?」
〈蝿(ムスカ)〉は、別に嘘を言っているわけではないのだろう。ただ、それがタオロンの常識の範疇を超えているだけだ。
 聞くだけ無駄だということに、タオロンは遅まきながら気づいた。
「とりあえず、知らせてくださったことには感謝しますが、他人の部屋に勝手に入り込むとは、子供の躾がなっていませんね」
〈蝿(ムスカ)〉はそう言って、タオロン父娘をぎろりと睨む。
「この際ですから、例の件の返事をしてもらいましょう。――あなたは、私に下(くだ)りますか? それとも、斑目の総帥の要求通り、娘を差し出しますか?」
「く……っ」
 タオロンは、〈影〉と呼ばれる別人になった『藤咲コウレン』を、鷹刀一族の人間に救出『させる』という命(めい)を受けていた。適度に交戦することで、不信感を抱(いだ)かせないのが彼の役目だった。
 けれど、安否を心配する家族に、偽者の『藤咲コウレン』を『送り込む』ことは、タオロンにはできなかった。だから射殺しようとした。結局、失敗に終わったが、その現場は監視役に目撃されており、彼は総帥の不興を買ったのだ。
「鷹刀の子猫によって、斑目は経済的に壊滅状態です。厳月家との仲も微妙になっています。だからこそ総帥は、私の機嫌をとっておきたいはずです。私があなた方、父娘が欲しいといえば、しぶしぶながらでも応じてくれるでしょう」
「……ファンルゥの安全は、保証されるんだろうな?」
「勿論ですよ」
〈蝿(ムスカ)〉が口の端を上げる。
 信用できない相手だが、それでも、ファンルゥが目の届かないところに連れて行かれるよりは、ましだった。
「分かった。お前の駒になろう……」
 奥歯を噛み締め、タオロンは決断する。
「賢い選択ですよ。では、〈天使〉はなんとかしますから、あなた方は出ていってください」
 そう言って〈蝿(ムスカ)〉は、タオロンとファンルゥを部屋から追い立てた。


作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN