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第八章 交響曲の旋律と

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「銃を使っても、僕が〈影〉を仕留められなかったときは、かなりの高確率で、僕は殺されているでしょう。……保険というのは、その場合でも〈影〉を殺すための手段です」
 漆黒の瞳が含み笑いをする。シュアンは無意識に体を引き、背中を背もたれに押し付けた。
「あんたは、何を企んでいたんだ……?」
「僕が銃を持っていれば、あなたは返してもらいに僕を訪ねてくるはずです。でも、そのとき僕が死んでいたら……?」
 ハオリュウが軽く首をかしげる。その顔はシュアンに答えを促していた。
 シュアンは息を呑んだ。ハオリュウの意図が、はっきりと読めたのだ。
「俺に〈影〉を殺させるつもりだったのか……」
 知らずに、声がかすれていた。
 銃を貸してほしいとの頼みに、そんな裏の意味があったとは考えもしなかった。罠ともいえる狡猾さに、憤りよりも先に、驚愕を覚える。
「だが、あんたの思惑通りに、俺が動くとは限らないだろう!?」
 背中を冷たい汗が流れ、シュアンは思わず反論せずにはいられなかった。
「いえ。あなたなら動いてくれますよ。貴族(シャトーア)嫌いのあなたが、同じ境遇の僕に優しかった……。あなたには〈影〉を許すことができないはずです。だから僕はあなたを信じて、あなたに託しました」
 白い包帯の額の下で、漆黒の双眸がシュアンを捕らえる。信頼の眼差しは揺るぎなく、ハオリュウは穏やかに微笑んでいた。
 思わず惹き込まれそうになり、シュアンは慌てて目をそらす。沈黙が訪れ、窓の外の雨音が緩やかに入り込んできた。
 シュアンは、雨の歌に聞き入るような、風雅な人間ではない。秒針を刻むような音に、追い立てられるような気分になる。予期せぬハオリュウの言葉に、焦りと居心地の悪さを覚え、知らずに荒い声が出た。
「俺の気まぐれに期待するなんて、馬鹿げている……! どう考えたって、多少、あんたの姉さんが傷ついても、問答無用で射殺するほうが、確実だったろう!?」
 余裕のないシュアンに対し、ハオリュウは変わらぬ笑顔を保っていた。
「僕は、小さい頃から僕を守ってくれた異母姉を溺愛しているんですよ。でも、いつまでも僕だけの姉様にしておけないから、できる限りの餞(はなむけ)をしたかったんです。――そう言うあなただって、相当おかしなことをしているじゃないですか」
「俺が、なんだって?」
「あなた自身は、名誉なんてものに、まったく価値を見出していないのに、先輩の名誉を守るために僕のところに来ましたよね? あなたが先輩を大切にされているように、僕だって異母姉が大切なだけです」
「……っ!」
 シュアンは言葉に詰まった。それには反論ができなかった。彼は、ぼさぼさ頭を掻きむしり、半ば意地のように別の方向から言い返す。
「……あんたが死ぬ確率のある選択をしたら、駄目だろうが。あんたがいなくなったら、姉さんは貴族(シャトーア)の家を継がなきゃならねぇだろ。せっかく、好きな相手とうまくいくところだってのに……」
「そうですね。だから、あなたが保険として意味を持つのは、想定した中で一番最悪の事態のときでした。それに比べて、現実の結末は、かなり良かったと思いますよ」
 そう言って、ハオリュウは、しばし思案顔になり、また続ける。
「――いえ、これを言うと、あなたには申し訳ない気がするのですが……最後に本物の父に逢えた奇跡があるので、むしろ異母姉が何も知らずに終えるよりも、ずっと良かった。最高の結末だったんじゃないでしょうか」
「死の間際の奇跡……か」
 ミンウェイから話を聞いたときには、シュアンは耳を疑った。
 ――もしも……あの一発の弾丸が、一瞬のうちに先輩の命を奪うのでなかったら、自分も本物の先輩に会えたのではないか、と――不覚にも弱い心がよぎってしまった。
 けれどシュアンは、即座にその考えを捨てた。
 あの一発の弾丸は、無限の可能性を摘み取ると分かっていた。シュアンは覚悟の上で、引き金を引いた。後悔なんかしたら、一発の弾丸の重さを教えてくれた先輩に失礼だ。
 だから、考えない。
『それ以外の無限の可能性』の重みを、シュアンはきちんと背負う――。
 押し黙ってしまったシュアンを気遣うかのように、ハオリュウが明るめの声を上げる。
「手を下したことになってしまったルイフォンは、ショックを受けて出ていってしまいましたが、異母姉が追いかけていって、そのまま帰ってきませんし……きっと、これでいいんですよ」
 遠くを見つめ、ハオリュウは苦笑する。
「大切な姉さんが、それでいいのかよ?」
「僕としては、まだ数年は異母姉を家から出すつもりはなかったんですが、仕方ありません。貧乏くじを引かせたルイフォンへの詫びだと思うことにします」
「一番の貧乏くじは、あんただろう!」
 それは無意識の動きだった。
 シュアンは椅子から立ち上がり、ハオリュウの頭を鷲掴みにして撫でくりまわした。
「餓鬼のくせに、無理ばかりするな! 大人の立場がねぇだろ」
「緋扇さん?」
 ハオリュウの明晰な頭脳でも、シュアンの行動は理解不能だったらしい。戸惑いもあらわに、目を瞬かせている。
「あんたは、よくやった……。頑張った。凄く、頑張った……!」
 ハオリュウを子供扱いしたことを、シュアンは愚かだったと思った。だが、そうではない。ハオリュウは子供扱いしてもらえずにいたから、子供になれなかったのだ。
 だからシュアンは、無性に褒めてやりたかった。自分よりも遥かに頭の回る相手だが、それは必要なことのはずだった。
「ちょ、ちょっと、緋扇さん!?」
 戸惑い、頬を膨らませつつも、ハオリュウはシュアンの手を払い除けたりはしなかった。拗ねたような顔つきでありながら、目尻に皺が寄っている。
「……そうですね。…………我ながらよくやったと思いますよ」
 ハオリュウは視線をそらし、小さな声で「ありがとうございます」と呟いた。
 意外に可愛いところもあると驚きつつ、シュアンは顔をほころばせる。だが、そのあとに続くハオリュウの言葉が、冷水のようにシュアンを襲った。
「――でも、まだ、終わりじゃない」
「……え?」
 ハオリュウは顔を上げ、にっこりと笑った。シュアンの背を、ぞくりと悪寒が走る。
「あんた、何を考えている?」
「あなたも考えていることですよ」
 凍てつくような漆黒の瞳。幼いはずの少年の顔が、為政者のそれになる。
「――ただ、あなたの目は、まっすぐに〈蝿(ムスカ)〉に向けられているでしょうけれど、僕の場合は少し違いますね。最終目標は僕も〈蝿(ムスカ)〉ですが、まずは藤咲の当主として、他家の力を削いでおく必要があります」
「他家……?」
「藤咲は、予期せぬ当主の交代で、しばらく荒れるでしょう。その隙に付け込まれるわけにはいきません。同じだけの報復をしておくのが、妥当というものでしょう。それとも、これは単なる私怨ですか? ……まぁ、どちらでもいいことですけどね」
 そう言ってハオリュウが嗤い、シュアンは悟る。
 ――ハオリュウは、厳月家の当主を殺すつもりだ。
「あんた……」
 シュアンは絶句する。
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN