第八章 交響曲の旋律と
シュアンは、ミンウェイの愚かなまでの優しさに、苛立ちと愛しさを感じる。だから彼は、彼女が次の言葉を発する前に、できるだけ冷ややかな声を割り込ませた。
「あんたが先に殺しておくべきだった、と? ――誰にも気づかれないうちに」
思いがけず、シュアンに言葉を先回りされ、ミンウェイの口がたたらを踏んだ。だが、彼女は微笑みながら、こくりと頷いた。
「私なら、安楽死させることができました。斑目に遅効性の毒を盛られていたと私が言えば、誰も疑わないでしょう? ……そしたら、誰も、傷つかなかったわ……」
かつてミンウェイは、〈ベラドンナ〉という名の毒使いの暗殺者だったという。必要ならば、どんな相手でも無慈悲に殺せるだろう。
けれど、シュアンは鼻で笑った。今の彼女は暗殺者ではないのだ。
「凄い極論だな」
「おかしいですか?」
「いや、実にあんたらしい。鬱陶しいほど、お節介だ」
「どういう意味でしょうか?」
唇を歪めて軽薄に笑う彼に、彼女は口を尖らせる。その顔は、いつもより少し幼く見えて――可愛らしかった。
「あんたの理想を押し付けるな。何も知らないままに父親が殺されることを、あの糞餓鬼が望んだとでも思っているのか?」
「緋扇さん……」
シュアンは口の端を上げ、馬鹿にしたように肩をすくめた。
「あんた、勘違いしてねぇか? 俺が先輩の姿をした〈影〉を許せなかったように、あの餓鬼も父親の姿をした〈影〉を許せなかったはずだ。大切な人なら、大切なほどに、だ」
シュアンはテーブルにぐいと身を乗り出し、押し黙ったミンウェイに迫る。
「俺たちの怒りを無視するな。俺たちが怒りを知らないままでいることを、正しいと思うな」
身動きできなくなったミンウェイの顔を、三白眼が容赦なく覗き込んだ。波打つ髪が彼の鼻先すれすれでなびき、草の香が頬を撫でる。
「ハオリュウは相当の覚悟を持ってやったはずだ。あいつを認めろよ。あんたは、あいつが子供だと思って見下している」
ミンウェイに言いながら、シュアンは自分の言葉が胸に来た。見下していたのはシュアンも同じ。貴族(シャトーア)だ、子供だと言って、ハオリュウを軽視していた。
「過去のことは過去のことだ。うだうだ言っても仕方ない。問題は、これからどうするか、だ。違うか?」
ほんの少しだけ名残惜しいと思いつつ、そんな素振りはまるで見せずに、彼はソファーを立つ。
「緋扇さん?」
「『シュアン』だ、ミンウェイ。……あの糞餓鬼のところに行ってくる」
もともと、そのために鷹刀一族の屋敷に来たのだ。
「あんたの愚かな優しさには苛つくが、どんなところにも救いってやつはあるんだと――信じたくなるから……嫌いじゃない」
シュアンはそう言い残し、応接室をあとにした。
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN