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第八章 交響曲の旋律と

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「…………っ」
 ルイフォンの頬に、熱が走った。目尻から顎にかけて、一直線に痛みが駆け抜ける。
 メイシアが目を丸くしていた。大きく息を吸い込んだ口のまま、固まっている。
「あ…………?」
 彼は自分の頬に触れ、透明な涙の存在を確かめる。
「嘘だろ……。子供じゃあるめぇし……」
 制御できない涙腺に、彼は驚く。
 けれど、指先を濡らす雫は紛れもなく真実だった。
「俺は…………」
 ――こんなに脆くなんかないはずだ。
 冷静で、先読みができて、大局的に物を考えられる人間のはずだ。
 彼女が大切なら、彼女を遠ざけられるだけの強さを持っているはずだ。
 頭ではそう考えているのに、彼の魂が涙を流し、彼の体を衝(つ)き動かす。
 足が彼女に近づく。
 手が彼女に伸びる。
 触れたかった髪に触れ、抱きしめたかった肩を抱く。
「……ごめん、メイシア。……俺、やっぱり、お前が欲しい。お前にとって、俺のそばは決して心地よい場所じゃないはずだ。けど、俺は……我儘だから」
 彼女の髪に顔をうずめると、優しい雨の匂いと、黒絹の滑らかさが彼を包んだ。
 湿り気を帯びた彼女の呼吸を、彼の耳朶が受ける。彼の熱を奪う吸気の冷たさと、彼に熱を与える呼気の温かさ。
 頬が彼女の首筋と接すると、脈打つ血潮を感じた。肌が香り、彼の鼻腔をくすぐる。
 彼女が、すぐそばで息づいているという実感と、幸福。
 華奢な骨格は、彼の両腕にすっぽりと収まった。柔らかな感触の中に少しだけ含まれた、筋肉の緊張が伝わってくる。
 強く抱きしめたい衝動と、傷つけてはならないという理性とがせめぎ合う。
「メイシア、愛している」
 胸の想いを、彼女に告げる。
「一生、大切にする」
 宣言する。
 彼女に――。
 そして、何処かで彼女を見守っているはずの彼に、誓いを立てる。
 ――親父さん、メイシアを一生、大切にします。

 彼女の細い指先が、少しだけ強く彼の体を握りしめた。
 彼の耳元で彼女は小さく囁き、頬を染める。彼は言葉を返して頷き、彼女を抱き上げた。


 雨が優しく窓を叩く。
 窓硝子で出逢った雫は触れ合い、混じり合って溶けていく――。


作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN