第八章 交響曲の旋律と
「エルファン、お前……?」
意外な風の吹き回しに、イーレオも目を丸くする。エルファンは、愛想のない冷たい美貌のままに、口の端だけを上げた。
「ルイフォンは、父上にはメイシアのことを頼んでいましたが、私には何も言っていません。ならば、私が何をしようと、私の勝手でしょう」
「エルファン様! ルイフォンが何処に行ったのか、ご存知なのですか!?」
メイシアは、驚きの声を上げた。ルイフォンは、てっきり行方知れずなのだと思っていた。
そういえば――イーレオたちは、慌ててはいないのだ。ルイフォンが出ていった事態を重く受け止めているが、心配しているのとは少し違う。
「お前は、あの計算高い男が、無計画に飛び出したとでも思っていたのか?」
エルファンの怜悧な視線が突き刺さる。それは的を射た言葉で、メイシアは恥ずかしくて悔しい。自分はまだまだルイフォンのことを理解していないのだと思い知らされる。
――屋敷を出たルイフォンは何処に行くのだろう。
エルファンの口ぶりからすると、住む場所は確保されていると思われる。知り合いのもとに身を寄せるのだろうか。
メイシアが一緒に行ったことのある場所は、情報屋トンツァイの店と、シャオリエの娼館だけだ。そのどちらかだろうか。あるいは、彼女のまったく知らない誰かのところに?
そう考えて、メイシアは否定した。ルイフォンが誰かを頼るとは思えない。彼は自分で生活する自信があるはずだ。何しろ、彼女に『俺のもとに来い』と言ったのだから。
ルイフォンは、合法的な手段でも稼げると言っていた。けれど、メイシアが知っている彼の職業は、クラッカー〈猫(フェレース)〉。鷹刀一族と対等な協力者。本当は鷹刀の一族であって、一族ではない。彼がこの屋敷にいるのは、母親が亡くなったとき、まだ彼が小さかったから……。
「あ……! ルイフォンのお母様の家……。――そうですね!?」
母親と住んでいた家があるはずだ。そこに〈ベロ〉の兄弟機、〈ケル〉がいると言っていた。家はそのまま残っているはずだ。
風が、わずかに残っていた桜をさらう。窓硝子に花びらを貼り付け、薄暗い部屋に華やぎを添えていった。
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN