第八章 交響曲の旋律と
……異母姉も、気づいてしまった。
ハオリュウは、目の前が真っ暗になるのを感じた。
聡明な異母姉が〈影〉という技術を聞けば、すぐに感づくのは分かっていた。だから、急いでいた。
なのに危機に陥り、大切な異母姉に守られるなんて……。
「ともかく、儂(わし)を殺そうとする〈影〉は、始末しないとならんだろう」
コウレンが、ひときわ声を張り上げた。愉悦すら含んだ嗤いが頬を吊り上げる。
「メイシア、危ないからどいていなさい」
「……っ」
メイシアは小さく声を漏らした。
「メイシア?」
「……どけません」
「? どうした?」
彼女の体は震えていた。長い黒髪がさらさらと揺れていた。
「〈影〉は、『あなた』でしょう……?」
異母姉の顎から、光る雫が落ちてくるのを、ハオリュウは見た。それは、床に散らばる硝子が放つ、無機質な光とは対極の輝きをしていた。
「もう乱暴なことはやめてください。先ほどの銃声を聞きつけた人が、こちらに向かっているはずです。ここは凶賊(ダリジィン)の屋敷。戦闘のプロです。父の体を持った『あなた』が敵う相手ではありません」
「こ、この……!」
コウレンが真っ赤になって叫ぶ。
「ええい! ともかく、儂(わし)の命を狙ったこいつは殺す!」
コウレンが癇癪を起こしたように言い捨てた。銃を握りしめ、メイシアを押しのける。
――その銃口をメイシアが掴んだ。
そして強引に引き寄せ、自分の胸に押し当てた。
「な……っ!?」
コウレンが目を見開く。
床に倒れているハオリュウは、一瞬遅れて異母姉の行動に気づいた。だが、その真意は理解できない。
「あなたが銃を向けるべき相手は、私です」
メイシアが凛とした声を放つ。
美しくも、畏(おそ)ろしい戦乙女の姿が、そこにあった。
「生き残りたければ、ハオリュウを殺すのではなく、私を人質に取りなさい」
「どういうことだ?」
コウレンの濁った目に疑問が浮かぶ。
「言ったでしょう? ここは鷹刀の屋敷です。ここでは『あなた』には、なんの権力もありません」
黒曜石の瞳がコウレンを捕らえ、その視線だけで、彼の体の自由を奪う。
「ハオリュウに危害を加えたら、私は鷹刀の力を借りて『あなた』を殺します。――私のことも殺したら、ルイフォンが『あなた』を許すはずがないでしょう。地獄の果てまで追っていくはずです」
「……あ、……ああ!」
コウレンは――コウレンの皮を借りただけの〈影〉は、初めて、ここが敵地の真っ只中であることに気づいたのだった。
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN