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第八章 交響曲の旋律と

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2.ひずんだ音色−2



 料理長ご自慢の朝食が温かな湯気を上げる。テーブルの上には鶏の粥を中心に、あっさりとした品々が並んでおり、疲労と寝不足の面々への配慮が感じられた。
 ルイフォンは粥を口に運びつつ、眉を寄せる。右隣には匙(さじ)を握ったままうつむくメイシア。その先には黙々と口を動かすハオリュウがいた。
「メイシア、今はしっかりと食事を摂りましょう?」
 向かい側から、ミンウェイの気遣いが聞こえてくる。
 結局、コウレンは何も知らないと突っぱね、疲れたと言って、皆を部屋から追い出した。なんとも腑に落ちないことだったが、仕方がない。そのまま、彼らは遅い朝食を摂るべく、揃って食堂に来たのであった。
 どの皿も美味しいはずなのに、味がしない。ルイフォンは溜め息をつく。そんな彼を、メイシアとは反対側、左隣にいるシャオリエが鼻で笑った。
「……なんだよ」
「私が口を挟んだから、変な雲行きになったと思っているのかしら?」
「……別に」
 コウレンの態度は明らかにおかしかった。シャオリエが出てこなくても、この重い空気は変わらなかっただろう。
「それより、シャオリエ。メイシアが厳月家の三男と婚約って、破談になったんじゃないのか?」
「少なくとも厳月家では健在のようよ? 昨晩、わざわざスーリンが三男を呼び出して、直接聞いたんだもの」
「スーリンさんが……」
 メイシアが呟いた。くるくる巻き毛のポニーテールが可愛らしい少女娼婦は、彼女が密かに嫉妬していた相手である。
「そう言えば、スーリンが呼んだタクシーのせいで、お前たちは危険な目に遭ったんだって? あの子、真っ青になっていたわ。詫びのつもりだったのかしら?」
「いや、あれはスーリンのせいじゃないだろう」
「そうね、あの子の身元は私が保証するわ」
 シャオリエとルイフォンのやり取りを聞きながら、メイシアはじっと考えていた。
 スーリンは、きっとメイシアを快く思っていないだろう。なのに、協力してくれた。申し訳ない気持ちでいっぱいで、いずれきちんと話をしたいと思う。けれど今は、厳月家の情報をタイミングよく掴んでくれた彼女に感謝して、有効に活用しなければならない――。
「……父は、斑目や厳月に脅されているのでしょうか?」
 ぽつりと、メイシアが呟いた。今までの父の言動を考えると、そうとしか思えなかった。
「何も知らない、ということはないでしょうね」
 含みのある、シャオリエの目線が返ってくる。メイシアはやはり、と思った。
「あのとき、シャオリエさんは気づかれていたのでしょう? ――父がイーレオ様に『指定する場所に来て欲しい』と言ったことは、イーレオ様を捕まえるための罠だ、って」
「ええ」
 シャオリエは、こともなげに肯定した。だが、他の者たちは色めき立つ。
「姉様、どういうことですか!?」
 ハオリュウが代表するかのように、口火を切った。
「お父様は無闇に人を疑う方ではないわ。だから、『この屋敷でイーレオ様とふたりきりは、身が危うい』とおっしゃること自体、不自然だわ。もしも、本当にそう思ってらっしゃったとしても、藤咲の家にお招きすればよいことでしょう?」
 本当に家同士の問題と考え、娘のことを考えるのなら、もっと歩み寄るはずなのだ。少なくとも彼女の父は、そういう人物だ。
「イーレオ様の身柄は、斑目と〈蝿(ムスカ)〉に狙われている。――ルイフォンたちが別荘から父を救出するとき、〈蝿(ムスカ)〉が邪魔をしなかったのは、貴族(シャトーア)に興味がないからではなくて、父を使ってイーレオ様を捕らえようとしていたからじゃないかしら?」
「〈蝿(ムスカ)〉?」
「昔の因縁で、イーレオ様を狙っている人なの」
〈蝿(ムスカ)〉を知らないハオリュウの疑問に、メイシアは簡潔に答えた。
「家同士の問題だから来い、と言われれば、親父も断れない――か」
 ルイフォンは舌打ちをした。自分たちの想いを利用しようとする策に腹が立つ。
〈蝿(ムスカ)〉には、ルイフォンとメイシアの仲が、実のところどうなったかなど知り得ない。だから、イーレオを誘い出す口実は複数、用意されていたことだろう。謝礼の宴でも、なんでもよかったのだ。
 その中でふたりの想いを利用する案は、最も確実だ。別荘での『色香に堕ちたか』という〈蝿(ムスカ)〉の揶揄は、作戦成功の可否を探ってのことだったのかもしれない。掌の上で踊らされているようで頭にくる。
 眉間に皺を寄せていたルイフォンは、ふとメイシアの不安気な眼差しに気づいた。ミンウェイに促されて匙を運んでいた手も、止まってしまっている。
 彼はそっと右手を伸ばし、彼女の髪をくしゃりと撫でた。
「親父さんも疲れているだろうから、ゆっくり話をしていこうな」
「は、はいっ」
 メイシアの顔がぱっと華やぐ。ちょっとしたひとことに反応してくれる彼女が可愛らしい。ルイフォンは、ついつい余計な軽口を叩きたくなる。
「安心しろ。いざとなったら駆け落ちだ」
 にやりと口角を上げた彼に、メイシアの視線が戸惑いに揺れる。本気ではないでしょう? と瞳が尋ねつつ、頬は赤く染まっている。
「ルイフォン! 駆け落ちは認めないからな!」
 彼女の奥にいたハオリュウが、眉を吊り上げた。彼には冗談が通じないらしい。ルイフォンは苦笑して、――それから真顔になった。
「ハオリュウ。お前にはまだ直接言っていなかった。あとになって、すまない」
 改まったルイフォンに、ハオリュウが怪訝な顔をした。半ば睨みつけたような目つきのまま、ルイフォンに先を促す。
「今更かもしれないが、お前の姉さんを貰いたい」
「……っ」
 とっくに承知のこととはいえ、面と向かって言われるのは、また別である。ハオリュウは言葉に詰まった。そこにルイフォンが畳み掛ける。
「親父さんを助けたことを恩に着せた、そう思われても構わない。でも、俺はメイシアが欲しい」
 奇策も、からめ手もなしに、まっすぐに攻める。ルイフォンは頭が回るが、ここぞというときには小細工はしない。
 ハオリュウは奥歯を噛んだ。理性では納得済みの話だった。
「……僕の条件は姉様に言った通りだ。姉様がまともに家事ができるようになったら、姉様の自由にすればいい」
 そう言って、ハオリュウは茶を口に運ぶ。話は終わりだ、との態度だ。
「家事くらい、なんとでも――」
「馬鹿ね、ルイフォン」
 シャオリエが、ルイフォンを遮る。
「その子は、自分自身との折り合いをつける時間がほしいのよ」
「なっ!? ――僕は……っ!」
 ハオリュウは口走り、慌てて咳払いをした。
「……そちらのご婦人のおっしゃる通りかもしれませんね。僕は、小さな頃から異母姉に助けられてきましたから」
 シャオリエはアーモンド型の瞳を瞬かせた。ハオリュウの顔をじっと見る。
「さすがメイシアの異母弟、と言ったところかしら。これはちょっと失礼したかしらね?」
「いえ。――それに、僕が何を言ったところで藤咲家の家長は父です。当主の決定が絶対です」
 ハオリュウの言葉に、皆の顔が曇る。
 結局のところ、問題はコウレンなのだ。彼の不自然な態度が解決しない限り、堂々巡りになる。
「ハオリュウ」
作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN