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第八章 交響曲の旋律と

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 今まで黙って食事をしていたイーレオが口を開いた。呼ばれたハオリュウは反射的に背筋が伸びる。
「なんでしょうか?」
「お前との協力関係は、お前の父を救出するまでだった。相違ないな?」
 ハオリュウは、はっと息を呑んだ。父の不審な様子が頭をよぎり、不安にかられる。ここから先は鷹刀一族を頼れないのだ。双肩に重圧がのしかかる。
「――ええ。そういうお約束でした」
 ハスキーボイスが答える。
「しかし、俺はメイシアとも取り引きしている。家族を救出する対価として俺に自分の身を託す、というものだ」
 ハオリュウの目が険しくなった。イーレオは肩をすくめ、苦笑して続ける。
「だから、メイシアは俺のものになるはずだった。だが、ルイフォンが今回の働きの褒美として、俺とメイシアとの取り引きを反故にしろと要求してきた。――要するに、鷹刀は藤咲家と友好な関係でありたいわけだ」
 イーレオが軽く首を曲げ、ハオリュウを窺う。その顔には、どことなくいたずら心が見え隠れしている。
「どうだ? もう少し、協力していかないか?」
 人を惹き寄せる、イーレオの魅惑的な微笑。それにつられるように、ハオリュウの顔に明るい光が差しこむ。
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
 そんなやり取りを聞きながら、シャオリエは、ふぅと溜め息をついた。
 鷹刀一族のことを思えば、このあたりで藤咲家とは手を切るべきだ。当主のコウレンが、〈蝿(ムスカ)〉たちの手先になっている疑惑がある以上、藤咲家と関わってはいけない。
 けれどイーレオは、メイシアのことは勿論、ハオリュウのことも気に入っている。その気持ちは、シャオリエにも分からないでもない。
「さて――。ともかく、今は皆、体を休ませろ。午後になったら招集をかける」
 イーレオの鶴の一声で、この場はお開きとなった。


 桜の大木が枝を伸ばし、空を抱(いだ)く。昨日まで身を飾っていた花弁は、今や足元に広がる敷布に過ぎず、やけに物悲しく見える。時折、春風が訪れては、小さく舞い上がっていくのが、せめての華やぎだった。
 緋扇シュアンは、そんな様子を遠目に見ながら溜め息をついた。
 昨日この桜の舞台で、彼の先輩ローヤンは貴族(シャトーア)の令嬢に銃を向けるという暴挙に出た。それは〈蝿(ムスカ)〉なる人物が、ローヤンを別人にしてしまったからなのだが、それを証明することは難しい。故に、ローヤンは罪人(つみびと)となる。
 ――シュアンは、ローヤンを殺した。
 大切な先輩が、先輩でないものになっているのに、ローヤンの姿でいることに耐えられなかった。これ以上、先輩を穢されたくなかった。
 ――ローヤンは、死んだ。
 死んだら、それで終わりだ。だから、死んだ者の名誉を守ろうとするのは、意味のないことだ。そんなもののために奔走するなど、愚かしいことだ。
 なのに、どうして自分はここに来ているのだろう。――シュアンは自嘲する。
 早朝、鷹刀一族の屋敷を辞去して警察隊に戻ったシュアンは、ローヤンは指揮官の命(めい)で動いていたのだと上層部に説明した。その後、口封じに殺されたと。
 だが、彼の弁は一笑に付され、ローヤンは指揮官の共犯にされた。貴族(シャトーア)への暴挙を働いた者を『悪』としたかったのか、悪事を働いた指揮官への任命責任を少しでも軽くするために、指揮官の罪を軽くしたかったのか、そんなところだろう。
 上層部がどう処理しようと、書類上の問題だ。ローヤンが死んだという現実は変わらない。だから、シュアンの採るべき行動は『上』に盾突くことではなく、失脚したあの指揮官の代わりに彼を取り立ててくれる『上』の人間を探すことのはずだ。
 それなのに彼は、『上』を従わせるカードを取りに来た。上層部からすれば、権力を振りかざすだけしか脳のない、口うるさい厄介者――貴族(シャトーア)というカードを……。
 シュアンは大きな屋敷を見やった。暖かな陽射しを受ける硝子窓が、ずらりと並んでいる。その中のどの部屋に行けばよいのかなど、彼が知る由もない。
 門衛に案内してもらえばよかったのかもしれないが、シュアンは蛇蝎の如く嫌われていた。警察隊突入時に、シュアンが門衛のひとりを撃ち抜こうとしていたことを、彼らは根に持っているのだ。とっくに交代しているので、今いるのは別の門衛だが、仲間への仕打ちは忘れないのだろう。総帥イーレオから通達がいっているのか、門で拳銃を取り上げられなかっただけ、ましなのかもしれない。
 広い庭には、まばらに人の姿が見える。その誰もがシュアンを警戒し、あるいは嫌悪をあらわにしている。鷹刀一族における彼の立ち位置は、そんなところだ。
 不用意に凶賊(ダリジィン)に近づくより、おとなしそうなメイドでも捕まえようと、彼はぶらぶらと歩き始める。途中、ぼさぼさ頭によって落ちかけた制帽を抑えた。目深にかぶっていたほうが収まりがよいのだが、彼はあえて頭頂に載せる。
 シュアンの『カード』は、深夜に父親が救出されたばかりだから、まだこの屋敷にいるはずだ。実家に戻っていたら、いくら警察隊の身分証があっても貴族(シャトーア)との面会は困難だったろう。運が良かったといえる。
「……」
 シュアンは唇を噛んだ。
 彼は、幼いころに家族を失った孤児だ。
 恵まれた生活とは縁遠い。権力者など大嫌いだ。ぬくぬくと育った貴族(シャトーア)の餓鬼との会話なんて、考えただけで反吐が出る。
 ひとりのメイドが、シュアンの視界をよぎった。彼は彼女を呼び止め、そして尋ねる。
「藤咲ハオリュウ氏は、どこにいる?」


作品名:第八章 交響曲の旋律と 作家名:NaN